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超鋼機装
ダークスティール


第七話 その日を迎えて




「あ……」

 目の前に置かれた弁当箱。
 なぜかそれを唐突なものだと思った。ぼんやりと「あきのちゃんいっしょにたべよ〜」という奏恵の声が先に聞こえたような気がした。その前に4時間目のチャイムが聞こえた気がする。そもそも弁当を置く動作も別段速いものではなかった。
 全然突然ではなかった。
 でも唐突に思えたのだ。
 2月14日の昼休みを迎えた守屋あきのにとっては。

「どうしたの〜?」

 奏恵はやわらかに首を傾げる。その動きにふわふわとウエーブのかかった髪が揺れる。
 その動作に一拍遅れ、
 
「い、いえ。なんでもありません。なんでもないですよ〜?」

 いつもハキハキしたあきのには珍しく、不自然にぼんやりと、心ここに在らずといった感じで答える。
 答えつつ、チラチラと横目で机の脇に提げられたカバンを見る。
 そんな挙動不審なあきのに、
 
「んふ〜?」

 にっこりと奏恵は笑いかける。包み込むように暖かで、でも意地の悪さの同居する笑顔。だがどちらにもあきのは気づかない。奏恵よりカバンの方が気になって仕方ないと言った感じだった。
 
「わかったよ。じゃ、ちょっと別のところで食べようか〜」
「わ、ちょちょちょっとまってくださいっ」

 奏恵は服の端を軽く引っ張っただけなのに、あきのは慌てて準備を始める。なにが”わかった”のかつっこみもしない。それどころかそんなことを問う余裕すらない様子だ。カバンと一緒に提げられた、弁当のおさまっている巾着を急いで手に取る。それ以上に速い動きでカバンの中から素早く紙袋を取りだす。飾り気のない茶色の紙袋。でも、その中には……。

「いっくよ〜」
「ちょ、ちょ、ちょっと奏恵〜」

 奏恵に引っ張られてあきのは連れ去られていった。
 




 そう言って連れてこられたのは学食だった。一年生であるあきのたちの教室は一階にあり、同じ階にある学食に行くには有利。まして弁当持参であるため食券を買うタイムロスもなく、席に着くことが出来た。
 席は入り口に近い隅っこの二人用テーブル。入り口からは死角になっていて、そして隅であるため目立ちにくい。人は多いものの周りの騒がしさはかえって周りに会話が漏れるのを防いでくれる。
 ないしょ話をするには最適の場所だった。
 とりあえず、とあきのはお弁当を広げた。弁当は手作り、自分で作ったものだった。いつものように姉と作った。もともと姉が弁当を作り始め、あきのはそれにつられて作るようになって早半年。
 
 ……姉さん、去年夏休み前までは鬼気迫る勢いで練習していましたけど……最近は随分落ち着きましたね……
 
 そんなことをぼんやり考えながら、あきのはタマゴ焼きを一口。いつもどおりの出来。そのことにようやくぼんやりと焦っていたというどこか矛盾した状態だった心が落ち着いてくる。
 
「で、誰にあげるの〜?」

 ちょうど呑み込もうとした瞬間、不意に奏恵が問いかけた。
 必要な部分の欠けた不完全な問いに、しかしあきのは全てを理解してしまう。
 焦った。
 そして、むせた。
 呑み込む直前、卵焼きはこなごなになっている。それがむせたことにより鼻に入りそうになって、余計にむせる。
 もしむせさせるのが目的だとしたら、奏恵の問いはまさに絶妙のタイミングだった。

「な……なんのことですか?」

 涙目で問い返すあきのに、奏恵はふたたび「んふ〜」と笑顔。
 今度はあきのも気づいた。包み込むようなその笑顔に、全てを見透かしているような意地の悪さがあることを。居心地悪そうに顔を背けるあきの。奏恵の視線は弁当の脇にさりげなく(と、当人は思っている)置かれた紙袋に集中する。あきのはその視線を感じ、よりいっそう落ち着かないものを感じる。
 
「その、中身〜」
「こ、これは別にっ……!」
「あきのちゃん……おんなのこ同士でそーゆーことの隠しごとはムリだよ〜。特にバレンタインデーのチョコレートを隠すなんて、お日様が西から昇ったってムリだよ〜」

 うっ、と息を詰める。
 飾り気のない茶色の紙袋。しかし、それはカモフラージュだ。その中には綺麗な包み紙とリボンでデコレーションされた紙製の箱が入っている。そのなかには、バレンタインデーの主役――チョコレートが入っている。今までに積み上げてきた技術と情熱を積み上げて作り上げた逸品。いつでもできることを全力でがんばるあきのの最高傑作だ。
 
「ど、どうしてわかるんですっ!?」
「眠そう」

 先ほどからぼんやりしているのは、いろいろ考えなくてはならないことがあることと……やはり、寝不足のせいだった。それはチョコ作りが深夜に及んだことが原因だ。

「ニキビ」
 
 すこし気になっていた額の脇のニキビ。髪で隠しているので容易に見つからないはずなのに、奏恵の人差し指は正確にそれを指し示していた。慌てて手で隠すが、かえって自分で認めているようなものだった。
 それはチョコの試食によってできたものだった。

「ばれないと思う方がどうかしてるよ〜」

 のんびりと呆れたように言う奏恵に、あきのは赤面して俯く。
 
「こっ……これは別に……!」
「あきのちゃんにとっては初めての本命チョコなんだね〜。それじゃ仕方ないかな〜」
「チョコだなんて一言も……!」
「あきのちゃんは用意周到な女の子だから、とっくに渡したものと思っていたよ〜」
「そういうのじゃなくて、日頃の感謝というか、なんというか……」
「もしかして凝った演出とか考えてるの〜?」
「特別なものではぜんぜんないんですっ」
「あ、でも『私も一緒に食べて』とか言うのは外すと痛いからやめた方がいいよ〜」
「話を聞いてくださいっ!」

 かみ合わない会話に思わず立ち上がり叫ぶあきの。
 ざわめいていた学食に一瞬の沈黙。静寂。その静けさの中にいくつもの好奇の視線。
 そのプレッシャーにあきのは縮こまる。奏恵はわずかに距離を置き好奇の視線を向けられるほうではなく向ける方へとなっていた。素早い変わり身だった。
 しばらくそんな状態が続き、でもすぐにまたざわめきが戻る。昼の学食は慌ただしく、変化の無いことはすぐにおいて行かれ忘れ去られていってしまうのだ。
 奏恵は状況が落ち着いたのを確認すると、未だ縮こまるあきのに声をかける。

「あきのちゃん、そんな風に言ったら自白してるのと全然変わらないよ〜」

 意地悪い視線を向ける奏恵に、あきのはあきらめたようにため息。
 
「奏恵。聞いてくれますか……? これは本当に特別なものではないんですよ?」
「うんうん。そういうことにしておくよ」
「……まあいいです。でも、特別なものじゃないからかえって渡しづらくて……ほら、”義理”だって強調したりするとなんか変じゃないですか」
「うんうん。よおくわかるよ〜」
「かと言って下駄箱とか机の中とか、手紙つきで入れるとまるで、その……なんかもったいぶりすぎていやでしょっ! 名前だけじゃ変ですし、でもだからって手紙やカードつけるにしても何書いたらいいんですかっ!?」
「うんうん。ほんとによおくわかるよ〜」

 そこでぽん、とあきのの肩に手を置く。そして、深く深くうなずく。理解しているという最大限のゼスチャア。
 全て分かってる。
 そんなことが強烈に演出されていた。それがあまりにもあからさまで、あきのは眉をひそめる。それを知って知らずか奏恵はにっこりと微笑んで言う。
 
「すっかり恋する乙女だね〜」
「話ちゃんと聞いてましたかっ……!?」

 さすがにさっきの失敗もあり、抑えた声で――だからかえって凄みの増した声で――あきのは抗議する。
 でも奏恵はいつものようにふわふわゆらゆらと、なんだか力の抜けた笑み。
 怒っている方が馬鹿馬鹿しくなって、あきのはこれまたいつものように、いらだちをため息に変えて吐き出す。
 
「で……わざわざこんな所に連れ出したのはそんなことを聞くためですか?」
「そうだよ〜」
「……本当に怒りますよ」
「だって……あきのちゃんが心配だったんだもん」
「え?」

 予想外の質問。
 今までどこか楽しむようだった奏恵は、いまは真剣な表情であきのを見つめていた。
 
「あきのちゃん、いつも一生懸命だけど、たまに思いつめすぎちゃうでしょ。見てると壊れちゃいそうで心配なんだもん。あきのちゃんは頑張りすぎ。自分がかよわくてかわいい女の子だってもっとちゃんと自覚しなくちゃ」
「か、かわいい? ……な、なにを言ってるんですかっ」
「チョコレート、がんばって作ったんでしょ? その人のために、その人のことを考えて作ったんでしょ? それなら、その気持ちを出すだけだよ。余計なことは考えなくていいんだよ」
「でも……」
「変なことは考えないで、その人のことを考えて、その人が受け取ってくれるようにチョコを渡せばいいんだよ〜」

 義理とか本命とか、そういうチョコではないつもりだ。
 でも奏恵の言うとおり、チョコレートは武上のために作った。いつも必死にためらわず戦い続ける武上のために作ったのだ。日頃の感謝とか、自分ばかり食べているんだからたまには食べさせてあげようとか、そんな言い訳にも建前にもなっていない理由をとなえながら作ったチョコレート。それは、たぶん今までで一番の出来になっていた。
 どうしてそうなったかは、あきのにはわからない。
 武上のためにつくった。だから、渡すのをためらうのは変なことなのかも知れない。余計なことを考え過ぎなのかも知れない。
 でも、と。あきのは思う。
 
 ……わたしはあの人のことをどの程度知っているんだろう……?
 
 毎晩のように一緒に街を歩き回っているが、話すことと言えば戦いに関することばかりだった。戦うための場所やそこに至るルートの確認。敵の種類についてやそれぞれの対策、効果的で、効率のよい機構の構築法とその使い方。そんなことばかりだった。
 よくも悪くもまじめなあきのは、街を襲う怪物に対することばかり考えていた。そして武上もまた同様だ。戦闘について話すことはあっても、お互いについて話すことはほとんどなかった。
 武上について知っているすれば……。
 
「あの人の、身体のことしか知らない」

 ぽつり、と。呟きが漏れた。小さな、こんな騒がしい学食の中でなくても誰にも届かないような小さな声。
 そうだ。あきのが武上個人について知っていると言えば名前と顔と性格の一部。ほんのわずかなことばかり。
 自信を持って知っていると言えるのは、自分が組み上げた機構。武上の戦う力となる”機構”だけだった。
 確かに奏恵の言うとおりだった。自分は一つのことに集中して、思い詰めすぎてしまうことがある。こんな当たり前のことにも今まで気がつかなかった。
 そのことにあきのは軽いショックを覚えた。
 ふと、奏恵の方を見ると……なぜか奏恵はもっとショックを受けていた。
 
「奏恵……?」
「あきのちゃん……身体って……!」
「き、聞こえたんですか?」

 聞こえるはずのない声だった。しかし、
 
「唇の動きを読んだんだよ〜!」

 こともなげに奏恵は答えた。あきのが驚く間もなく、奏恵は懐に手を入れると一枚の紙片を取り出した。折り畳まれたそれを一気に広げる。あっという間に二人が弁当を広げている二人用の机を埋める大きさになった。
 その紙には表が描かれていた。一番上に日付が書かれていてカレンダーのように見える。左端の列には上からA、B、CとアルファベットがZまでズラリと並び、それが行の内容を示しているようだ。それぞれの升目のなかには「1.8倍」とか「3.4倍」とか細かく書かれている。
 
「なんです、これ?」
「トトカルチョッ!」
「トト、カルチョ……?」

 あきのにはあまり耳慣れない言葉だった。どこかで聞いたようなその言葉に記憶を掘り起こす。たしか賭け事のことだとおぼろに思い出した。
 
「わたしはあきのちゃんがBまで行くのは一ヶ月後だと賭けてたのにそこまで進んでるなんて……大穴過ぎるよっ! 賭けが成り立たないよっ!」
「奏恵ーっ! あなたって人はなにやってるんですかーっ!!」
「あきのちゃんこそなにやってるのーっ!!」
「人のこと賭け事にしておいてなにいってるんですかあなたはっ!」
「あきのちゃんこそ人のこと大損させておいてなに逆ギレしてるのぉっ!?」
「逆ギレはどっちですかーっ!!」

 こうして始まった二人の不毛な口げんかは、風紀委員が止めに来るまで続いた。



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