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超鋼機装
ダークスティール 第六話 そして戦い続け | 街の一角にある月極の駐車場。 夜。深夜と言うに近いその時間、20台まで止められるそこに、今は数台しか車は止まっていなかった。 その中に、4つの影がある。 一つは鋼の黒で月光を跳ね返す。鋼をその身に纏い武装した武上信也だ。 その足下近くには車が止まっている。フレームとタイヤ、エンジンをのこして外装がはぎ取られた乗用車。いままで車を包んでいた外装は、今は吸収され武上の身体を構成している。 彼をとり囲む三つの影は、それぞれが異様に節くれ立ち盛り上がったどこかいびつな四肢を持つ巨躯。人の形を取る、人を遙かに越えた力強さと凶悪さを兼ね備えた怪物。 かつて信也が苦戦した怪物が二体。それより頭一つ大きい怪物が、もう一体いる。 「敵は”オーガ”タイプが二体、”トロル”タイプ一体」 あきのから、”ウィルストーン”を通して声が伝わる。 オーガとは、西欧の鬼とでも言うべき存在だ。その巨躯は目の前の怪物の特徴に合致する。 トロルは北欧神話に登場するやはり巨人の怪物だ。伝承では強力な再生力、そして日光に当たると石化すると言われている。オーガ以上に強力な存在だ。 幻想の中の住人の名を付けられた魔物が、目の前に三体もいる。 しかし、あきのから伝わるのは状況のみを告げる冷静な思考。それを受ける武上にも、かつて苦戦した相手が二体もいるというのに動揺も恐怖もない。 『いきますよ……機構構築』 「拳撃機構……」 あきのからの意志と力に合わせ、信也は自らの右手に組み上がる機構の名を呟く。 右手の機構が組み変わる。複雑で力強い機構を構築する。 オーガと呼ばれた怪物の一体が迫る。 向かい来るオーガに向けて踏み込む。動作の速さ、滑らかさは初めてオーガと戦ったときと比較にならない。 一瞬で肉薄。想定したタイミングより速く深く近づかれたオーガは反応が遅れる。 「インパクトナックル!」 叫びと共に機構が駆動する。 衝撃波すら伴う拳撃は、轟音と共にオーガの頭部を粉々に砕いた。 『後ろです!』 あきのの思考の声に振り向けば、そこには背後から迫る二体目のオーガ。既にオーガの手の届く距離だ。オーガは大きく両手を組み振りかぶっている。それをそのまま叩きつける気だ。 放った直後の右のインパクトナックルは間に合わない。 受けるべく、左手を振り上げる。 『装甲構築』 「シールド」 左手に装甲が集中。それが形作ったのは盾。強固な金属の盾。 その盾でもってオーガの打撃を受け止める。衝撃に身が沈み、アスファルトが足の形に陥没する。だが、それでも武上は揺らがない。 強固な金属の盾はその打撃に歪みもしない。脚部のサスペンションが衝撃を緩和・吸収する。 強化された機構と装甲はオーガの打撃を完全に受けきっていた。 「おおっ!」 腕の機構が武上の意志を受け力を増す。オーガの両腕を上にはじき返す。 両手を返されたたらを踏むオーガに、 「インパクトナックルッ!」 右のインパクトナックルがたたき込まれる。 腹部に炸裂。胴体ごと吹き飛ばされ、オーガの身体は二つに分かれ地に落ちる。 かつて戦いにすらならなかったオーガを……それも二体を、武上は数秒とかからず倒していた。 残るはトロル一体。 トロルは、その巨大な腕でバイクを持ち上げていた。 それを、投げる。 しかし武上はかわさない。 バイクは直撃する。しかし、予想された衝撃音はない。生じた音はバラバラというブレーキのチューブやタイヤのゴムが落ちる音と、ハンドル部やいくつかのパーツが落ちる乾いた金属音。 武上は激突したその瞬間にバイクを構成する大半の”鉄”を吸収していた。それで衝撃が完全に消えるわけではないが、強固な鋼の身体はそれぐらいでは揺るぎはしない。 しかしトロルもそれだけで倒そうとしたわけではない。鉄を吸収することに武上が動きを止めた隙をつき、一気に距離を詰めていた。 その手にはどこから持ち出したか、人の身の丈ほどもある巨大な石のこん棒がある。重量だけを攻撃力とする雑なその武器は、しかしそれを片手で扱うだけの腕力を持つトロルが用いれば恐るべき破壊力を発揮するだろう。 それが、風を切るほどの速さで叩きつけられる。その圧倒的な質量は、オーガの攻めを防ぎきった左手の”シールド”でも受けきることはできないだろう。 破壊力のみを目指した打撃の軌跡は粗雑。見切るのは容易い。武上はギリギリでかわす。重量を増したはずのその身体は、駆動する機構によって高速に武上の意志に応えた。 アスファルトを陥没させ、巨大なこん棒が地にめり込む。 重く強い衝撃が地を震わす。 「インパクトナックル!」 隙を逃さず打撃の機構をたたき込む。しかしかわしながらのため、浅い。 それでもトロルの左肩を砕いた。肩のほとんど、肉も骨も吹き飛ばし、左手がほとんどぶら下がっているだけの状態になる。 だがそれ以上の深追いは避け、武上はバックステップで一旦距離を取る。 風を切る轟音が武上が一瞬前までまでいた位置を通り過ぎる。トロルの頭だ。身体の大きさとそのもつパワーから、ただ頭を振り下ろすという単純な動作ですら鉄をも砕く打撃力をもつ。あの場に止まっていれば危なかったかも知れない。 距離を取り、構える。その前でゆっくりとトロルが頭を上げる。その顔にはしかし苦痛の色はない。 破壊された左腕は、内側から肉が盛り上がり、その内に骨が形成され始めていた 再生している。たった今破壊された左肩が恐るべき早さでもって再生されようとしていた。 『トロルの回復力はやっかいですね……一気に決めましょう』 「なら防御より攻撃を重視する」 『了解です』 武上は一気に駆ける。トロルの再生は早いが、それでも左手を動かすのはまだ困難なはずだ。その隙をつくつもりだ。 武上の突進を振り下ろされる巨岩のこん棒が迎え撃つ。 しかしそれは予想された軌道。単純な攻撃。 サイドステップでかわす。飛ぶ方向はトロルの左手の側。攻撃の死角。 鋼の身体に似合わない俊敏な動作だ。しかしその重さをなくせるわけではない。急激な横向きの動作は接地の摩擦だけではおさまらない。武上の身体はアスファルトを削りながら地を滑る。脚部のサスペンションが必死に衝撃を緩和しようとする。 止まりきらないままに地を蹴る。強引な前進の動きは横への慣性を振り払い、前へと身体を運ぶ。 空を切るのみで地に落ち、アスファルトを砕き陥没させる巨岩のこん棒。その衝撃を脇に聞き、一気に懐に飛び込む。 その時、武上の視界を塞ぐものがあった。 手だ。 トロルの大きな左手が、武上の頭を握りこんでいた。持ち上がる程度には回復したようだ。そしてその握力は健在だった。鉄の頭を包み込み、圧倒的な力でもって押しつぶそうとする。 だが……。 「遅い」 武上は両手を振り上げる。 その動作の途中。そのわずかな間に先ほどまで盾を形成していた鋼は左手に吸収され、そして新たな機構を構築する。 組み上げられた機構は、「拳撃機構・インパクトナックル」。 そして、右の拳を胸に、左の拳を腹にピタリと当てる。 その行為が何を意味するかを理解したのか、トロルはあわてて武上を押しのけようとする。しかし鋼の身体は重い。回復しきってていればそれだけの力も出せたかもしれないが、できない。 そして、機構は駆動する。 「ダブル・インパクト!」 二発同時に放たれたインパクトナックルは、トロルの身体を粉砕した。 回復など許さぬ圧倒的な破壊に、もはや残骸と化したトロルの肉片は地に落ちるのみだった。 ・ ・ ・ 「……よし」 息を吐き、武上は右手をバイクから離した。 そのバイクは先ほどトロルが武上に向け投げたものだ。それが今、投げる前そのままの状態であった。まるで何事もなかったかのようだ。 戦いの前に武上が吸収し、外装のほとんどが無くなっていた乗用車も元通りになっている。 オーガ、トロルも、今は跡形もない。全て消えていた。 武上の身体もまた、鉄を帯びていない。その内には”護身用”に鉄を蔵しているが、外見上は装甲も機構も無い普通の状態だ。 戦いの痕跡と言えば、巨岩のこん棒で陥没した箇所と武上が動いたことにより削れた部分ぐらいである。 戻せるものは戻した……そのことを確認すると、武上は反対側、自分の左手の方に目を向ける。 左手の中には小さな手がある。右手首内側に緑の意力石”ウィルストーン”を埋め込んだ小さな手。 その手の先には肩まで届く黒髪と、月光を鈍く跳ねるメガネ。ふっくらとした小さな頬。そしてその間にある小さな口が開く。 「後かたづけはこれで終わりですね」 あきのはそう言うと、ぱっと手を離す。その頬はわずかだが赤く染まっている。 あきのが戦うことを決意してから、二週間が過ぎようとしていた。 それからほぼ毎晩のように怪物が現れ、武上とあきのは毎回撃退していた。 そして戦いの後にはこうして武上が吸収した鉄を元に戻す。武上一人で戦っていたときは自動車などのエンジン部などの複雑な構造を持つものは完全に戻すことは難しかった。しかしこうしてあきのがサポートすることにより、ほぼ完全に元通りにすることができた。直すときには鉄を吸収することの出来る武上のイメージをより明確に受け取るため、”ウィルストーン”のある右手をこうして直に接触させる。 それで吸収した鉄を元に戻すわけだが、どういう仕組みか塗装までも元通りにすることが出来た。 「その鉄のもともとの記憶というか、記録みたいなものを辿れば難しくはありません」 あきのも完全にその構造を理解することは出来ていない。感覚的にわかっているというだけあり……言ってみれば、「なんとなくわかる」と言った程度だった。 しかしそんなことを繰り返している内にそれも徐々に確かなものとなってきて、それとともに「機構構築」の精度も速度も、そしてなにより機構自体の強さも増していった。 「じゃ、行きましょう。騒ぎになると困りますし」 「そうだな……」 「いつもどおりなら、そんなことはないはずですけどね」 そう言って、あきのは辺りを見回す。 町の中の駐車場。やや寂しいところにあるが、それでも近くに家があるし、そのいくつかには明かりが灯っている。 トロルのこん棒の打撃音も「インパクトナックル」の駆動音も相当な大きさだった。普通なら気がつかないはずがない。そして気づけば通報のひとつぐらいあってもおかしくはない。 しかし今まで戦いの場に他の人間が来たことはなかった。 戦いの痕跡はあいかわらず「理由の分からない破壊」というウワサが広がるだけだった。 「いつも思うんですけど……誰にも気づかせないための何かがあるのかもしれません」 歩きながら、あきのは話しかける。 こうして戦いを終え、帰り道にその結果などについて話し合うのはもういつものことになっていた。 「君は”結界”と言っていたな」 「ええ……アニメやなにかではよくあるんですけど、空間とかそーゆーのを普通の場所から切り離して、それで戦いの場にするっていうのがあるんです。その場所では敵の力がつよくなったりとかよくあるんですけど……」 「そんな感触はないな」 武上は今まで特にまわりから遮断されるという違和感を感じたことは無かった。それは離れた場所から戦いを見ているあきのにしても同じだ。 「それにしても出てくる”魔物”もだんだん強くなってきましたねえ……」 「ああ、そうだな」 「この前は”リザードマン”。数に任せて”コボルド”やらも出てきましたね。初めて会ったときも含めて、戦闘回数もついに10回の大台にのってしまいましたよ?」 あきのは指折り数える。 戦い初めて早二週間あまり。様々な”怪物”と戦った。”ガーゴイル”を皮切りにその命名は伝承上の怪物……中世ファンタジーなどに登場する”魔物”と呼ばれるものからとるようになった。今夜対峙したオーガもその巨躯と特徴から、そしてトロルはその回復力から呼び名を得た。 そのことから二人の間で敵の呼称は”怪物”から”魔物”に変わった。 「魔物……今日も同じ時間に出ましたね」 魔物は常に夜現れる。時間もおおよそ決まっていて、だいたい午後8時から9時過ぎぐらいに出ることが多い。 「小さい頃はこの時間になると寝かしつけられました。母さんったら、早く来ないとお化けが出てくるぞ、とか脅かすんですよ」 「お化け?」 「そうです。それが、子供を早く寝かせるための”秘訣”だなんて言ってるんですよね」 言うと、あきのは小さくため息を一つ。冬の冷たい空気の中、ため息は白く広がる。 「あきのが協力してくれてから、敵のことがわかるようになった。本当に感謝している」 武上の真っ向からの礼に、あきのは目を見開き、そして、目を逸らす。 「べ、別にお礼なんかいいんですっ。それより、なにをのんきなことを言っているんですか。武上先輩ってばずっと戦ってきたとか言って本当に自分がなにを相手にしているかわかってなかったんですねっ。”敵を知り己を知れば百戦危うからず”……基本ですよ、基本。そんなことも気にせず戦っていたなんて、ホント信じられません」 照れ隠しにまくし立てるあきのに、武上は困ったように頭をかく。 「自分のことにも無頓着なんですから……そんなだから自分の身体の”機構”もいいかげんなんですよ。だいぶ組み直したから、効率上がったでしょう?」 「ああ。それは実感している」 武上の肯定に、あきのは微笑みをうかべる。 武上信也はあきのの参戦以来、飛躍的に強くなった。 それは「機構構築」による特殊な機構が使えるようになっただけではない。 その身体を構成する基本的な機構も変わっていった。腕部シリンダー強化による腕力の増強、サスペンションの効率化による機動性の向上、装甲構造の見直しによる動作性の改善及び防御力の向上。 基本的な能力自体が大きく向上している。力も早さも、おそらくはあきのと出会ったときの数倍以上になっているだろう。 先の戦いでも、かつて苦戦したオーガを二体とも簡単に下している。たしかに武上は強くなっていた。 「それに、戦い方も考えなくてはなりません。いきあたりばったりではダメです」 「そうだな」 「そうだな、じゃないですよ、ホントに。戦う場所も、戦い方も、もっともっと考えなくちゃダメですよ」 今夜駐車場を戦いの場に選んだのも偶然ではない。あの駐車場は、「ある程度の広さがあり機構構築のための鉄が補給できて、なるべく人を巻き込まないところ」……その条件であきのがチェックしている場所の一つだ。 また、あきのが加わったことにより戦い方自体も変わった。 ”ウィルストーン”を通じて二人はお互いの情報を共有することが出来る。そのことから武上が実際の戦闘の場に立ち、あきのが離れた場所から俯瞰的な状況をつかむというスタイルが出来上がっていた。 今日の戦いの最中もあきのは駐車場が見渡せるよう、離れた家の塀に登って双眼鏡で見ていたのだ。もちろんそうした観察の場のポイントもあらかじめチェックしてある。そのおかげで背後からのオーガの攻撃にも武上は確実に反応することが出来た。 あきのが協力するようになってすぐのときは、武上は本当にただひたすらに戦うだけだった。 くどくどと文句を言いながら、あきのは思う。 ……でも、わたしもわたしのことをちゃんと分かってるんでしょうか……。 今の自分の姿を意識する。 ゆるめのジーンズに、上はトレーナーの上にジャンバー。長い髪も邪魔にならないよう縛ってジャンバーの下に入れてある。 とにかく、「動きやすくて邪魔にならなくて多少汚れても大丈夫」ということで選んだ服装だ。それだけに普段あまり着ない服で、それほど似合ってはいない。 背負っているデイバックの中には戦闘用に細かくチェックを書き込んだ地図。そして、機構構築のための菓子パンや調理パンの類が入っている。他にも双眼鏡やら懐中電灯やらコンパスやら、食べ物が非常食じゃないことを除けばまるで災害訓練のようだ。 夜、男の人と二人きりだって言うのに全然そういう雰囲気じゃないと、あきのもちょっと思う。最初はちょっと意識していたが、二週間も経てば慣れの方が先に立つ。そうなると余計なこだわりはなくなってしまう。 武上の服装はジャンバーにジーンズと言ったひどく簡単な格好だ。しかしそれがけっこう様になっており、同じ実用本位な服装なのに違いがあるようにおもえてあきのはすこし悔しく思っている。 でも、こうして二人で当たり前のようにいるというのも悪くないとは思っていた。 ……どうせそういうこと気にしてくれない人ですしね…… 文句を言いつつ、そんなことをつらつら考えながら歩いていると……目の前にコンビニがあった。 「さて、ちょっと栄養補給しなくちゃいけませんね」 「充分食べたんじゃないのか?」 コンビニに駆け寄るあきのを武上が呼び止める。 武上の戦闘中、あきのはエネルギー補給のために食べ物を食べている。今日のように塀によじ登って双眼鏡で遠くを眺めながら菓子パンをパクつくのは怪しすぎるので注意しなくてはならなくてたいへんだったりする……が、とにかく。食べているのだから別におなかが空かないだろうと言うのが通常の感覚ではある。しかし。 「ちょっとエネルギーを使いすぎましてね……それにこーゆーのは別腹ですよ別腹」 「前から疑問に思っていたんだが……君はいつもそう言うが、いくつ胃袋をもっているんだ?」 ピタリ、とあきのは歩みを止めて、ゆっくりと振りかえる。 その表情は笑顔。とっても明るい笑顔。ただし、目だけ別。そういう笑顔。 「冗談でも女の子にそんなことを言ってはダメですよ」 ひどく優しい声音で放たれたその一言になぜか武上は停止した。 戦闘中も感じたことのない感情がわき上がる。えもいわれない、この感じ。 「もしかして……これが恐怖というものなのだろうか?」 「ほら、はやくいきますよ」 あきのに促され、武上も首を捻りながら店内へと入る。 冬のこの時期、コンビニ内の暖房は過剰なまでに暖かい。寒い外からの急激な温度変化に、その暖かさにほっと息を吐く。そして吸い込む空気は暖かく、その中にはレジ横にならべられたおでんの匂い。 肉まんでも食べるつもりだったが、おでんでもいいかとあきのはちょっと目移りする。 でも、それより。店内に入れば、いやでも真っ先に目につくものがあった。 「……そう言えば、今日はどのぐらい”使った”?」 「え、えと、やきそばパン4つでした」 不意の武上の問いに、あきのは四本指を立てながら答えた。 「機構構築」のためにはあきのの力が必要で、その力の源は食べ物だ。 「インパクトナックルはだいぶ慣れましたけど、やっぱり一瞬で構築するとなるとけっこうエネルギーを消費しますね」 最も最初に作り上げた機構「インパクトナックル」。その機構はもっとも洗練され、ゆえにエネルギーの消費も少ない。構築はともかく放つだけならあきののサポート無しで武上自身の力だけでも可能になっていた。「殴る力を強化する」というのはどちらにとっても分かりやすい力のあり方だった。 だが先ほどの戦いのように、戦闘中瞬時に造り出すとなるとあきのの力が必要で要するエネルギー……食物もまた通常より多くなる。 「インパクトナックル」の構築2回、駆動は都合5回。盾の形成にバイクの吸収。 今日の戦いの内容を考えると、それでも最初に比べて大幅に効率化がされたと言えるだろう。 「でも、そうですね……エネルギーが食べ物さえ充分にあれば、こんな事もできると思います」 あきのはウィルストーンを通してイメージを送る。 厳密に制御され、短時間に一気に送られる力。間断無い機構構築。破壊の連鎖。そして……。 「これは……可能なのか?」 送られてきたイメージの凄まじさに武上は息を呑む。 全ては基本の積み重ねに過ぎない。しかしそれを実現するにはとてつもない力と極めて精密な制御が必要だ。不可能ではない。しかし実現が可能かと言われると首を捻らざるをえない。 そのイメージは、そういうものだった。 「ええ。全てを全力で。精密に、躊躇い無く。相当な集中力が必要でしょうけど、不可能ではないと思うんです」 きっぱりと断言すると、あきのはくるりと背後、武上の方へと振りかえる。 「きっと、必殺技になると思いますよっ」 ニッコリと微笑んで言う。 目と目が合う。 武上の目は、いつものように鋭い。研ぎ澄まされた日本刀のように、清冽で澱みなく真摯でもある。あきのはこの目が好きだった。とんでもない力を手にし、現実に存在しないはずの魔物と毎晩のように戦いを繰り返す今、この目だけが信じられるように思えた。 でも、すぐにそらしてしまう。恥ずかしくなってしまったのだ。それはきっとかざりつけられた店内のせいだろう……あきのはそう思い、話題を変える。 「さて……そういうわけでエネルギーの補給は重要なんです。ピザマンおごってくれます?」 レジ横のセイロ逃げるようにあきのは駆け寄る。武上は、やれやれといった感じであとに続く。 あきのはセイロに目を走らせていた。客の少ないこの時間、すべての中華まんがそろっているとは限らない。特にピザマンはややイレギュラーなので一時的に品切れである可能性があるのだ。中華まんを食べようと言うときはいつもこんな感じで、武上にとっても早くも見慣れたと感じてしまう光景だった。 と、不意に。 「ねえ、武上先輩?」 いつもと違う静かな声。どこか必死さを感じさせるあきのの声に、武上はわずかに気を引き締める。 「気づきませんか?」 「……なんのことだ?」 「……気づかないんなら別にいいです。あ、ピザマン二つ、あとあんまんもひとつっ!」 一転して明るい声で注文するあきのに武上は戸惑うばかりだった。 戦闘以外には鈍感な武上は、気づかないというより気にしていなかった。 きらびやかに飾り付けられたポップ。店に入ってすぐ分かる位置に、チョコレートがずらりと陳列されている。 それらに全て、英字で、あるいはカタカナでこう記してある。 ”バレンタインデー”と。 バレンタインデーが明日であるという事実に、武上信也はまるで気づいていないのだった。 |