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超鋼機装
ダークスティール 第五話 でも、戦いに | 武上信也は苦戦していた。 ”怪物”の気配を感知し、道すがら鉄を吸収し武装した。 そして、対峙した怪物は二体。翼と鋭いカギ爪を持った人型の怪物。石でできた彫像のように固くいびつで、禍々しい外観。それは伝承の中に存在する魔物”ガーゴイル”と酷似していた。 伝承のガーゴイルと同じく、その怪物は悪魔のように空を舞う。 自由に空を舞うことのできる広い場所では不利。かといって人通りのある町中で戦うわけにもいかない。 そしてたどり着いた場所は、町の外れ、ビルに挟まれた路地裏だった。寂れたそこに人の気配はない。 ガーゴイルの動きを制限できるかと思ったここも、しかし少しばかり広すぎた。飛行そのものを妨げる程狭くはなく、逆に追い込まれた格好になっていた。 「ちっ……」 鋼の装甲も徐々に傷を増やしていった。 二体の怪物――ガーゴイルは深追いはせず、浅く攻撃しては空へと距離をとるというヒットアンドウェイを繰り返していた。地味だが、地で戦うことを主とする武上にとってはもっとも相手にしづらい戦法だった。 だが相手は飛び道具を使うわけではない。向こうが攻撃するにはこちらに近づく必要がある。その交錯する一瞬にこちらの攻撃をたたき込めば勝機はある。 不利な状況だがやるしかない。 鋼の身体。その中に組み上げられた、人を越えた力を持つ機構。 「戦うために、この力はある……!」 あざ笑うように空を舞うガーゴイル達を見上げ、武上は拳を握りこむ。 「なにを手こずってるんですかっ!?」 突然の声に武上は振り返る。 目に映ったのは、路地の入り口に立つ小柄な人影。 左手には大きなコンビニ袋を提げている。 目元に光が見えるのは、おそらくメガネが街灯を反射させているのだろう。 揺れる長い髪にも見覚えがあった。 あきのだ。 「何故ここに……?」 「そんなことより……ほら上っ!」 見上げればガーゴイルの一体が迫ってくる。対して、武上は構えない。 あえて防がず、受ける。深く攻撃させ、殴るか捕まえるか。肉を切らせて骨を断つ覚悟だ。ガーゴイルの攻撃は大した威力ではない。耐える自信はあった。 しかしその一体は武上のすぐ間近で反転。そのすぐ後ろにはもう一体のガーゴイルがいる。 「!」 反応が遅れた。迎撃は無理と判断。同時に、その動きから敵のねらいが”ウィルストーン”にあると予想。浅い攻撃だとしても”ウィルストーン”へのダメージは力を大きく失う危険がある。攻撃はあきらめ、両手でガード。甲高い金属音を立て、両腕の装甲をかぎ爪が削る。 「ああ、もうっ……!」 不満の声を上げると、あきのは左手に提げたコンビニ袋に右手を突っ込む。取り出されたのは袋に入ったあんパンだ。 素早くビニールを破き、右手で持ってパンを口に放り込む。 右手首内側の”ウィルストーン”が光を放つ。 同時に武上の額の”ウィルストーン”も強い光を放った。 武上の身体に、あきのの力が伝わる。 身体の機構が組み変わる。両腕はより力を増し、両足はより力強く。今までつけられた傷も埋まり、装甲はより強度を増す。 しかし……。 『”機構構築”のためには鉄が足りません……!』 あきのの声が伝わってくる。 変化は全体の整備と強化のみ。”インパクトナックル”のような特殊な機構は出来ていない。鉄が足りないようだ。 しかし、敵を誘導しながらの道行きでは充分な鉄は確保できなかった。武上は上空に注意しながら辺りを見回す。 水がこぼれる口がある。そこにあった鉄のパイプはもう吸収済みだ。 散らばったゴミがある。鉄製のゴミ箱も、すでに武上の身体を構成している。 「後ろに飛んでくださいっ!」 あきのが”ウィルストーン”を通して意志を伝えると同時に叫ぶ。想うだけではなく、言葉という形にした意志は、明確で強い。 その声に弾かれるように、武上は重い衝撃を地に残しバックジャンプ。 跳んだ先、足下が火花を散らす。金属と金属がぶつかり擦れる音。 そこにはマンホールがあった。 「機構構築っ!!」 声と同時にあきのは二つ目の菓子パン……ジャムパンを口の中に放り込む。 鋼鉄のマンホールの蓋が、一瞬にして武上の身体に吸収される。 吸収された鉄が、伝わる力と意志が、新たな機構を組み上げる。 武上は認識する。 両手が同時に変化する。 右手に構築されるのは”インパクトナックル”。 左手は……違う。 別な機構。新たな力。あきのの意志が伝わる。それは、空を飛ぶ敵を討つための機構。 指とも腕とも違う別の機能が右腕に形成される。 自分が自分でなくなるような、一時の違和感。自分が人でなくなることへの忌避感。 だがそれらはすぐに理解がうち消す。シリンダーが、歯車が、バネが。構成する全てを自分の力として認識する。力ある自分を認識することで、機構は自分のものになる。 新たな機構を加えられ、一回り太くなった左腕。それを頭上へ。ガーゴイルの方へと向ける。 そして認識を言葉にする。意志を、力を。言葉にすることで、確かなものとする。 ゆえに武上信也は、声と共に駆動する。 「射出機構・チェーンランチャー!!」 圧縮空気と抜ける音とバネの金属音と共に打ち出されたのは、鋼鉄の鎖を尾に引く楔形の鉄塊。 その数は三つ。 空を舞うガーゴイルの一体が楔と鎖にとらわれる。一つが足に突き刺さり、一つが脇をかすめ抜けてから胴に絡み、、そして一つが翼を貫く。 苦痛の叫びをあげるガーゴイル だが、叫びを最後まであげる間もない。 機構が駆動し、鎖が巻き取られる。片翼にも鎖が巻きつき羽ばたけもしないガーゴイルは、抵抗できず空から地へ落ちてゆく。 「ああっ!!」 腕を叩きつけるように振り下ろすと、勢いを加算されたガーゴイルは地面に激突。その衝撃は地に着くだけでは収まらず、ガーゴイルの身体を地面にめり込ませた。 それでもまだ、ガーゴイルは生きている。わずかだが、自分の意志での動きが見える。 だが、とどめを刺すための機構はすでに構築されている。 右腕は既に振りかぶっている。 「拳撃機構・インパクトナックルッ!」 叩きつけられた拳が轟音を生む。 轟音が地を震わし伝わる。 その、一撃――ただの一撃で、ガーゴイルは形を失った。 打ち抜かれた拳の破壊力は衝撃波すらまとい、細いガーゴイルの身体は四散した。見た目通り、石のように……文字通り、『粉砕』された。 「ひっ……!」 息を呑む声。あきのの悲鳴。 壮絶なまでの破壊を目にした少女の、脅えた声だった。 「脅えるな、あきの」 金属の擦れ合う耳障りな音を立てて、チェーンランチャーの鎖が巻きとられる。 「まだ戦いは終わっていない」 視線の先には空を舞う魔物。無惨な仲間の最後を見て、早くも逃走に移っている。 空に在る魔物を落とせるチェーンランチャーは、未だ巻き戻している途中だった。 だから武上は右腕を空に向ける。 「インパクトナックルッ!」 機構が駆動する。 届くはずのない拳は、空を舞うガーゴイルに衝撃波でその破壊力を伝えた。 翼を持ったガーゴイルが震える。一瞬はばたくことができなくなり、わずかながら高度を落とす。だがすぐに体勢を立て直し、羽ばたき飛び去ろうとする。 だが、遅い。 「チェーンランチャーッ!」 再装填を完了し打ち出された三条のチェーンがガーゴイルを捕らえる。 翼にからみつかれ浮力を失い、鎖に引かれガーゴイルは地に落ちる。 だが、今度は地面につくことすらない。 三撃目のインパクトナックルが、ガーゴイルを地につけることすら許さずに粉砕した。 ・ ・ ・ 重い地を震わす音。そして、ゆっくりと近づく影。 「あ、あ……」 あきのは、何を言っていいのか分からず、ただうめくように声を漏らす。 意識せず、身体が一歩後ずさる。 ”怪物が実在する”という恐怖は、”ウィルストーン”の仕組みを知ることで現実のものと意識した。 だが、”戦い”は……昨晩目の前で繰り広げられた戦いは、どこか現実感を伴わなかった。 恐怖が感覚を麻痺させていたのかも知れない。突然の異常な事態に理解が追いつかなかったせいもあるだろう。 しかし今起きた戦いは違った。 理解した上で、力を武上に与えた。そして、目の前でそれが使われた。ただ必死に、空を舞う敵を討つために組み上げた機構。 それで起きたのは、容赦ない破壊。 初めて、あきのは知った。 自分は武上信也の機構を構築することができる。力になることができる。それは理解できるしわかっていたことだ。だがその力を揮うのは、武上信也なのだ。 目の前に立つ、鋼の身体を持つ、黒い……鬼。 「あきの……」 角を持つ鬼の顔から声が漏れる。 夕方に話したときと変わらない。なにも変わらない口調。そのことがあきのを少しだけ安心させた。目の前にいる破壊をもたらした鋼の鬼は、間違いなく自分の知る人間であると言うこと実感させてくれた。だが、それも一時だった。 「いっしょに戦ってくれる決心をしてくれたんだな……」 どこか淡々とした、しかし疑いのない真っ直ぐな声。 その声に……あきのはいらついた。 「あなたはひどい人です」 意外な言葉に武上の歩みが止まる。 「こんな恐ろしいことに、わたしみたいな女の子を誘うなんて、本当にひどい」 「あきの。だから君には選択を与えた。それで、決心してくれたんだろう……?」 「選択を……与えたですってっ!?」 あきのは右手を振り上げる。 武上に手首の内側、そこにおさまる”ウィルストーン”を見せつける。 「あなたが戦うたびに伝わってくるんですよっ!」 その瞳は潤んでいる。 必死にこぼれそうになる涙をこらえ、あきのは言葉を続ける。 「この、”ウィルストーン”を通して、戦っていることが。あなたがためらいもせずに怪物に立ち向かうのが……勝てるかどうか、そんなことすら考えずひたすらに立ち向かう、あなたの”意志”がっ……!」 そうだ。 あきのは、悩んでいた。 何も知らないまま目を背けてしまうこと。なにかできるはずなのに、その可能性までも放棄してしまうこと。それはしたくない。でも、怪物への恐怖があきのを止める。 でも、悩む以前に伝わってきてしまうのだ。武上の戦う意志が。戦う様が。 だから、走った。とにかく戦いの場まで来て、まずはちゃんと見ようと思ったのだ。 そしてたどり着いた先にいたのは、苦戦する武上だった。 「今だって空から来る怪物にろくに対抗する手もなくって……それでも全然あきらめなくて……」 「俺には戦う力がある。戦うのは、当然だ」 戸惑うように答える武上に、あきのはさらに言い募る。 「それがバカだって言うんですよっ! 戦う力があるからって、戦わなくちゃいけない義務なんてないでしょうっ!? 自分だけそんな理由にもならない理由で戦って、それで私に『選択を与えた』、ですってっ!? バカにしないでくださいっ!」 武上はきょとん、としている。鋼をまとった彼が”きょとん”などというのはおかしなものだったが、それでもそう表現するしかないような……リアクションがまったくとれない様だった。 「すぐ近くに危険があって、それから目をそらし続けるなんてできません。できることがあるんだったらやるに決まってます。わたしを誰だと思ってるんですかっ!? だてに毎年渡す相手もいないのにチョコレートつくってるわけじゃないんですよっ! やれることがあるっていうのにほっとくことなんて、できませんよっ!」 そこで言葉が切れた。荒く息を吐く。 顔をうつむかせ、右手を、”ウィルストーン”をぎゅっと抱きしめるように胸元に引き寄せる。 「だから、だから、だから……」 顔を上げ、見る。まっすぐに、鋼の鬼の目を、見る。 「わたしが、力をあげます。いっぱい食べて、それで力をあげます。すごくすごく強い機構を構築して、どんな怪物にだって負けない力をあげます」 あきのは微笑んだ。涙に濡れているが、確かに意志と力の在る瞳で、武上を見つめる。 「絶対、負けちゃだめです。ずっとずっと無敵でいてください」 言って、あきのは手をさしのべてくる。 小さい手。武上はその手に答えようとして……そして、自分の手が未だ鋼に包まれていることに気づく。この手で握ってはあきのを傷つけてしまうかもしれない。 あきのもそれに気づく。手をわきわきと動かし、やがてぎゅっと握りこみ拳をつくる。それを見て武上も拳を握った。 大きな鉄の拳に、あきのはちいさな拳をこつんとぶつける。 「約束です」 武上は、不思議に思う。 今、自らの手に構築された機構より。先ほどあきのから伝わった力より。 なぜだか、このほほえみの方が自分に大きな力を与えてくれる――そんな気がしたからだった。 ・ ・ ・ 誰もいなくなった路地裏に、一陣の風が吹く。 戦いの跡……痕跡すら残せずガーゴイルが粉砕されたそこは、戦いの跡と言うよりは破壊の跡と言った方が適切かも知れない。 ガーゴイルのわずかな名残が、風に巻き上げられる。 それはガーゴイルの色ではない。緑色の、粉。 緑の光が宙に舞い、そして風にさらわれ消える。 風の行き着く先。 町外れ。そこには遠い昔にうち捨てられた洋館がある。 その最奥の一室。 照らすは窓から洩れ出る月光のみ。その光だけでは照らせぬ暗闇の中。ざわざわと。ざわざわと。うごめくいくつもの気配があった。 暗闇の中、赤い光がともる。 ふたつ、よっつ、むっつ……次々と増える光は瞳。爛と輝く獣の瞳。 「倒されたのね……」 暗闇に声が響く。 高く澄んだ、女の声。 「強い、強い力……おもしろいわ」 ざわざわと、ざわざわと。いくつもの獣の瞳が、暗闇の中うごめく。 「お前達も、もっともっと強くなってもらわなきゃ。もっと、もっと……強く、強く、強く……強く!」 声に応えるように、暗闇の中、輝くいくつもの光が舞う。 緑の、光。 「そして私は、力を得るの。強い、強い、強い力。なんだって壊せる力。何者にも負けない力。魔王も勇者も滅ぼせる、最強の魔物をっ……!」 暗闇の黒と。黒を切り裂く月光の白と。赤い獣の瞳と。それらの中を舞う緑の光。 全てが、禍々しく輝いていた。 |