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超鋼機装
ダークスティール


第四話 恐れにためらい



「俺と、戦ってくれないか?」

 武上の言葉。
 一緒に、あの怪物と戦って欲しいという言葉。
 それは理解できる。
 ここで了解するのは簡単だ。しかし、確認しなくてはならないことがある。

「戦うって……何と、戦うって言うんですか?」
「あの”怪物”とだ」

 帰ってきたのはオウム返し。でも、あきのが聞きたいのはそんなことではない。

「アレは……なんなんですか?」
「わからない」
「え?」

 その内容と素っ気ない答え方に、あきのは驚きの声を上げる。

「初め……一月ほど前になるか。もっと小さい人型の怪物が人を襲っているのを見かけた。それからかれこれ10体以上と戦っている」
「10体!? そんなに……」

 昨夜の一体だけではなかった……その事実は衝撃だった。あんな怪物が、昨日見ただけではなくまだ他にも何体もいるかも知れないのだ。

「なぜ、あなたは戦っているんですか?」
「……力があるからだ」
 
 わずかなためらいもなく、武上は言い切った。
 
「ただそれだけの理由でっ……だって危険なんでしょう!? 昨日だって危ないところだったじゃないですかっ!? 下手をしたら……」

 「死ぬかも知れなかった」……あきのはその言葉は呑み込んだ。言えなかった。口にしてしまうのが、恐ろしくて。
 今さらのように思い出す。自分がその場にいたことを。そしてあきの自身、命を失ってもおかしくはない状況にあったことを。
 
「警察に任せれば……」
「君も知っているだろう? あれだけ派手に戦ったというのに、怪物の姿を目撃したという誰も言わない。ただものが壊れて、そのことがウワサとして広まった」

 確かにそうだった。
 あきのが聞いた事件は、”道に大穴”、”ブロック塀が崩された”、”鉄製の電灯が電球をのこして消え失せた”……どれも、『ものが壊れた』ということだけ。それには、どれもあんな怪物がいたことは含まれていない。
 
「今までにこの戦いを見られたことはある。だがそれでも広まったのはそんなウワサだけだ。それがどんな理由によるものかは分からない」
「じゃ、じゃあこの力はなんなんですか!? あの怪物と何か関係があるんじゃないんですか?」
 
 あきのは右手の緑の石――”ウィルストーン”を、武上の前にかざす。
 そうだ。それが最大の疑問だった。”人の意思を力に変え、あらゆる望みを叶える石”――そんな馬鹿げたとも言える力を持つ石。そんなもの、どこの誰が作ったというのだろう? それとも、大昔から自然にあって秘匿されていたのだろうか? いずれにしても、こんなものがどうして……。
 
「わからない」

 武上の答はまたしても簡潔な言葉だった。
 今度はあきのは声も出さない。呆れてしまったのだ。

「気がついたら使えるようになっていた」

 額の石を見上げるように目線を上に向け、武上は言う。
 そののんきとも言える発言に、ようやくあきのは呆然から怒りへと表情を変える。
 
「いいかげん過ぎますっ! そんなわけのわからない力に命をあずけてるんですか、あなたはっ!?」
「確かにこれはわけのわからないものだ。だが……」

 鉄と同化した拳を握る。

「君も確信したはずだ。この”ウィルストーン”の力を。これがなんであるか、を。言葉ではなく感覚で知ったはずだ」

 確かにあきのは昨晩、誰に教えられるでもなく”ウィルストーン”を使った。力があることを感じ、その流れをつかみ、そして自分の思ったことを具現化した。
 それは、理解したからではなく、感覚でそうだと感じたからだ。言葉にすると「何となくできた」という以外に表現できない。しかし、実際にはもっと確信を持って使うことが出来た。
 得体が知れず曖昧なのに、確かなものとして感じられる力。それを、あきのは使うことが出来るのだ。
 
「敵がいる。正体はわからず、その目的も分からないが、それは人を害する」

 武上は見上げる。視線の先には土手がある。その先には町がある。二人の通う学校がある。いくつもの家がある。いくつもの生活がある。

「力がある。どこから来た力かは分からない。しかしその使い方はわかり、そして敵と戦うことができる」
 
 鉄の擦れる音を立て、鉄の拳を胸の高さまで上げる。握りしめられた拳には、力がある。
 
「だったら、戦わない理由はない」

 迷いも恐れもなく、武上は言い切った。
 その姿を、あきのはぼうと見つめた。
 武上は、あきのの方に向き直る。真っ直ぐとした瞳。影のない、清冽な視線。そしてあきのは再び思う。武上信也は、例えるなら日本刀のよう……。
 
「これが、俺の考えだ。だから無理強いはしない。君は……俺と戦ってくれるか?」
「わたしは……」
 
 視線に耐えきれず、俯く。武上のまっすぐな視線は、迷いのあるあきのには強すぎる。
 
「わたしはっ……!」






 台所の中。
 切り分けられた生チョコの欠片。お湯のはられた鍋。その中には鍋より二まわりほど小さいボウルがあり、ボウルを占めるのはとろけたチョコレート。
 あきのはそれを、ヘラでゆっくりとかき混ぜていた。いわゆる「湯煎」と呼ばれる作業だ。
 三角巾に白いエプロン。足の下には背の低さを補うための台。
 夕飯を終えて一時間あまり。片づけもすっかり終わった台所で、毎年恒例となったチョコの研究中だった。
 
「要はお料理と同じなんですよね。材料と、手順が必要」

 右手首内側をちらり見る。そこには緑の石、”ウィルストーン”。
 人の意思を力に変え、あらゆる望みを叶える石。力を引き出すためには、使用者の強い”意志の力”と、現実に足る”理由”を必要とする魔石。

「それはわかりました。でも、おいしい料理をつくるにはそれだけではいけません」

 視線をボウルの中のチョコレートに戻す。ドロドロに溶けている。熱は充分に伝わりきったようだ。手応えからもそうだと分かった。
 そのことを確認すると、ボウルを隣、ひとまわり大きなボウルに張られた水の中へ浸す。

「おいしく作るには、材料についての知識も必要です。たとえばチョコレートはこうして一度冷やして……」

 手早くかき混ぜる。今のチョコレートの温度は約30度。これを、27度まで均一に冷やさなくてはならない。チョコ作りの経験豊富なあきのは、チョコの溶ける様子と手応えだけで適切な温度が分かる。
 
「また温めなくてはなりません」

 また、ボウルを湯を張った鍋へ。今度は再び30度までチョコを温めなくてはならない。
 あきのが今行っているのは攪拌冷却という作り方だ。チョコレートを溶かし、ただ固めなおすだけではカカオバターの性質上均一に結晶化せず口当たりの悪いものとなってしまう。おいしいチョコレートを作るにはこうした手間が必要だった。
 しばらくかき混ぜると、あきのはうん、とうなずく。
 そしてボウルを持ち台を下りると、食卓のテーブルへと向かう。テーブルの上にはチョコレートを固めるための型がいくつもおいてある。三角四角に丸型星型……。
 そのひとつひとつに丁寧にボウルの中身を流し込む。

「もちろん知ってるだけじゃダメで、実際に試さないと分からないことも多いです。でも使って試しても、出所もわからない得体の知れない材料なんて、人に食べてもらう料理には使えません」

 ゆっくりゆっくり、チョコレートを型に流し込む。ボウルはあきののお気に入りだ。チョコを流しやすいよう、口がついている。

「だから、何にも分からないのに協力なんてできるわけないじゃないですか……」

 ぽたり、と。
 まるで遠くから聞こえたように感じられた、小さな音。でもそれは錯覚。視線を落とせば、型をはみでてたれるチョコの雫が一つ。その音だった。
 
「あ、いけない」

 珍しくこぼしてしまった。
 一旦ボウルを持ち上げ、もう一度たらす。
 またこぼれた。
 なぜだかねらいが定まらない。

「でも武上先輩の協力を断った理由は……」

 ボウルを一旦テーブルの上に置く。
 自由になった両腕で、いつのまにか震えだした身体を押さえる。

「恐かったから……ですかね?」

 説明を受け、そして自分の力を実感した。夢みたいな力だったが、だがそれでも順序立てて説明を受け、その結果「理解した」。
 食べたものが、力になる。
 ひどく単純なロジック。そしてそれは、あきのにとって納得できる力だった。
 それで、夢みたいだった体験が急に「現実として」実感された。
 昨夜の記憶。
 巨大な、怪物の姿。ひどく太い筋肉の塊の腕。間近に受けた衝撃。あきのは、あの夜もしかしたら死んでいたかも知れないのだ。
 夕方に武上と話していたときはそれは漠然とした予感でしかなかった。
 時間が経つ毎に実感は強まり、それは一つの感情を生んだ。
 恐怖、だ。
 あきのの”力”の性質上、怪物と対峙するようなことはそうそうあることではないだろう。おそらくは武上が戦い、あきのはその後ろから”力”を送り込むだけ。そうなるだろう。そのことは頭では分かっている。
 でも、それでも。普通に暮らしているよりはずっと危険に近い。
 そうだ、あきのは恐ろしいのだ。
 あんな化け物と敵対することが。震えるほどに、恐ろしい。
 だから、武上の申し出を断った。
 でも、まだ恐怖はある。
 昨日戦った怪物は逃げた。武上の話では、もう10体以上も出ているらしい。まだ何体もいるのだろうか?
 今のところそれでケガをしたという話は聞かない。でも、怪物の存在だってなぜだか知られていないのだ。本当はケガをした人はいるのかも知れない。もしかしたら、死んだ人だっているのかもしれない。それは自分にも起こることかも知れない……。
 
「あきのちゃん?」
「ひっ!?」

 急に後ろからかかった声に、びくりと振りかえる。
 目に映ったのは、ちょこんと飛び出た二本の三つ編み。驚いた顔。
 
「おねえちゃん……」

 姉、守屋なつみの姿に、ほっとあきのは息を吐く。
 そして、あわてて右手を後ろ回す。腕時計なりリストバンドなりで隠す手も考えたが、料理をするときにはやはり邪魔になる。この時間あきのが台所を占拠することは家族みんなが知っているからあまりこないから、特に隠すようなことはしていなかったのだ。

「びっくりしたよ。あきのちゃん、ずいぶん熱心なんだね」

 なつみはじっとあきのの顔を見る。あきのはその視線に苦笑で返すしかない。

「あんまり根詰め過ぎちゃだめだよ。でも、今年のチョコも期待しちゃうなっ」

 姉のいつもの言葉が、今のあきのにはとてもありがたい。特別なことをせずに過ごす。いつものようにチョコ作りをし、いつものようにこうして姉と話す。現実離れした恐怖から目を逸らすには、日常で塗りつぶしてしまうのが一番に思えた。

「今年もおいしいの作りますよ」

 型におさめたチョコをトレイに乗せる。右手はトレイの底を持つようにしているので、なつみには見えないはずだ。
 姉のよこを通り過ぎ、冷蔵庫の前へ。そして、ひとつひとつチョコレートを冷蔵庫に収めていく。
 全部収めたところで、背後に気配を感じた。

「?」
 
 振り返ろうとしたが、できなかった。後ろからぎゅっと抱きしめられたからだ。
 
「お、おねえちゃんっ!? なにするんですかいきなりっ!?」
「あばれてもむだだよっ。抱きしめるのもコツがあるんだからっ」
「なんですかそれはっ!?」

 じたばたともがく。
 なつみの力はそんなに強いわけでもないのに、暴れてみても全然ふりほどけそうになかった。
 それでもなんとか抜け出せないかと暴れていると、

「あきのちゃん……なにを悩んでるの?」

 その一言に、あきのは動きを止めた。

「べ……別に何にも悩んでなんか……」
「うそっ」

 言うなり、あきのは頭のてっぺんに重みを感じた。背の低いあきのの頭に、なつみが強引にアゴをのっけたのだ。
 
「ほらほら早くしゃべらないと背がどんどん縮んじゃうよっ」
「やめてくださいっ!」

 そんなことで背が縮むなんて事があわけない――そうは思っても、なつみがしゃべるたびに頭が押される。その重みはあきのにとって不快この上なかった。
 だからまたじたばたとあがく。
 
「はーなーしーてーくーだーさーいーっ」
「ムリムリ。ほぉら、早くしゃべっちゃうんだよ」
「別に悩みなんてありませんっ!」
「だめだよ、おねえちゃんにはわかるんだから」
「それも”コツ”があるとかいうんでしょっ? そんないい加減なっ……」
「違うよ。ボクがあきののおねえちゃんだからだよ」

 また。あきのは、暴れるのをやめた。
 話してもいいのかもしれない。そうすれば、楽になるかも知れない。なつみだったら、こんな突拍子もない話を信じてくれるかも知れない。
 でも、まきこんでしまう。
 あんな恐ろしい怪物に、この優しい姉が襲われてしまうかも知れない。

「言えないんです……本当に……」

 なつみはあきのの身体を解放した。
 あきのは、ゆっくりと向き直る。
 優しい瞳があった。
 
「言えないなら、無理には聞かないよ。でも、話せるようになったらちゃんと話してね」
 
 その言葉が、とても嬉しくて。だから、辛くて。あきのは俯いた。
 
「ねえ、おねえちゃん……悩みについては言えないんですが、一つ質問があります」
「うん、なんでもいいよ」

 なつみは胸を叩いて応える。大げさな身振り。俯いたあきのにはその様子は見えなかったが、ポンという胸を叩く音が聞こえた。どこか間の抜けた、ほっとする音。その音になにか落ち着くものを感じる。あきのは顔を上げ、真っ直ぐに姉の顔を見て問いかける。
 
「もし、何か困ったことがあって……それをどうにか出来る力があったとしたら、それは使わなくてはならないんでしょうか? もし使って危険になるとしても、それは必ず使わなくてはならないんでしょうか?」

 問うと、なつみはう〜んと唸る。くるりくるりと、人差し指で三つ編みを回す。真剣に考えるときのなつみのクセだった。
 その姉をじっと見る。あまり長くない、でもあきのにとっては何時間にも感じられる時間が過ぎる。
 そして、なつみは三つ編みをいじるのをやめた。
 
「あきのちゃん。それは、必ず使わなくちゃいけないものではないと思うよ」

 姉の答えに、あきのは少しの安心と、少しの……理由の分からない失望を覚えた。
 だが、なつみの言葉はまだ終わらない。
 
「でも、ね。できることがあるならやっておいた方がいいと思うんだ」
「……危険でも、ですか?」
「やってみなくちゃ本当に危険かどうかわからないよね?」
「さっきは”使わなくてもいい”とか言ったのに」

 むくれるあきのに、なつみは微笑。
 
「”必ず”、はね。絶対じゃないってこと。使いたくなければ使わなくてもいい……でもそうすると、あとで後悔しちゃうかも知れない」
「使って何かあっても後悔するかもしれないですよ」
「そうだね。でも、ね。だからって何もしないって言い出したら、何にも出来なくなっちゃう。それに本当に危険だったのか、本当にやらなくても良かったのか、わからないから……よくわからないまま後悔することになるよ。舞台に上がらないまま、負けちゃうこともあるんだよ。それは……辛いよ」
「おねえちゃん……?」

 表情は微笑み。あきのを見つめる瞳は暖かい。でも……でも、なぜだか。あきのにはなつみが泣いているように思えた。

「だからね、ボクは思うんだ。なにかできるなら、そのことに納得できるまで向き合って……それからどうするか決めればいいと思うんだ。それでやらなきゃいけないと分かったら全力でがんばる。出来ないと思ったら、全力で逃げる。それでいいと思うんだよ。そうすれば、後悔するとしても納得はできるから」
「おねえちゃん……」

 なつみの言葉に、あきのは自問する。
 自分は、”納得”しているのかを。
 
 ……わたしはまだ、出会ったばかり……ちょっと秘密に触れただけです……。
 
 そうだ。怪物に一度であって、力のことを少し知って。それだけだ。
 確かに敵がなんであるかわからない。この”力”が正確になんであるかもわからない。
 納得はしていない。
 でも怪物は実在している。危険は現実のものだ。

「!?」

 急に感じた熱さに、思考が寸断される。
 右手が熱い。見ると、ゆっくりと、呼吸するように。”ウィルストーン”が鈍く小さく、光を放っていた。あわててなつみに見えないよう左手で押さえ、隠す。
 伝わってくる。なにか、強い力が動いているのが感じられる。これは……。
 
「武上先輩が……戦っている?」

 伝わる力は、そう告げていた。


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