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超鋼機装
ダークスティール


第二話 朝に再会して



「あ……」

 急に目が覚めた。
 ぼんやりと身を起こす。手探りで、ベッド脇を探る。目的の物はすぐに見つかる。それはいつもの位置にあった、
 メガネのケース。
 慣れた動作でメガネを取り出し、いつもの位置にかける。
 眠気のせいで余計にぼやけていた視界が、一気にクリアになる。
 ベッド。壁に掛けられた制服。見慣れた勉強机。その下に置いてる学生鞄。視線を巡らすと、ベッドの脇にはお気に入りのぬいぐるみ。
 
「私の部屋です……」

 メガネの位置を整えながら、守屋あきのは当たり前のことを確認するように呟く。
 ごくごく当たり前の日常。窓から射す日の高さからしても、いつも通りの時間のようだ。ちらりと時計を見れば、いつもより5分ほど遅い。いつも目覚まし無しで起きるあきのにしてはすこし寝坊した、と言えるかも知れない。
 ほとんど、いつも通り。
 しかしどこか違和感を感じる。何だろうと思考を巡らせていると、

 グウ
 
 朝の静けさの中、間の抜けた音が響いた。赤面しおなかを押さえる。
 目が覚めた理由が分かった。空腹によるものだった。
 それと同時に走馬燈のようにあの出来事が脳裏をよぎる。
 チョコ作り。帰り道。黒い鬼。緑の石。怪物。そして、詰め込んだ肉まん。力。その後の空腹感。
 空腹感。
 いまも強烈にあるそれが、夢でも見たかもしれないという甘い考えをさせてくれない。
 あきのは、おそるおそる右手を見た。手首の内側。そこには……やはり。昨日見た緑の石が顔を覗かせていた。直径一センチほどの真円を描く、朝日に中を透かせる半透明の緑の石。
 
「夢じゃなかったんですか……」

 ため息混じりに呟く。
 じっくり見ると、石は昨日と異なり光ってはいない。おそるおそる指で触れてみると、見た目通り硬質な感触だった。冷たくはない。暖かくもない。体温とほとんど同じようだった。
 ちょっとつついてみる。変化はない。
 手をブンブン振ってみる。当然外れるなんてことはない。
 少しだけ爪を立ててみた。もともと手首の中かから出ているものだ。しっかりとしていて、微動だにしない。痛くなりそうだったからあまり強く引っ張ることもしなかった。
 昨日と変わらずおさまっている。ただ違う点は、
 
「光ってない……のは、おなかがすいているせいでしょうか?」

 石をいじる間も健康的な胃は空腹を訴え続けていた。あきのはわずかに眉をひそめる。耐え難い空腹。早く、朝食を摂りたい。しかし、昨日はその空腹のせいで気を失ったはずだ。あれからどうなったのだろうか?
 ベッドの中でしばらくそんなことを考えていると、どたどたと騒がしい音が聞こえてくる。階段を上る音。続く足音は、あきののいる部屋へと真っ直ぐ向かってくる。
 そして、
 
「あきのちゃん、おはよーっ!」

 朝日のように元気いっぱいな声で現れたのは、あきのの姉、守屋なつみ。
 あきのの真っ直ぐな髪と異なりくせの強い髪は二本の三つ編みにまとめられている。
 元気いっぱいの明るい笑顔が印象的な、綺麗というよりかわいいと言った方が似合う女の子だった。

「おはよう、おねえちゃん」

 さっと右手を後ろに隠し、何事もなかったようにあきのは答える。
 
「どうしたの、あきのちゃん? いつもより遅いよ。台所に入ったらボク一人でビックリしちゃった」
「母さんは?」
「今日もお仕事だよ」

 やれやれといった感じでややオーバーリアクション気味に肩を落とし、首を左右に振る。
 そんな姉の姿を見て、あきのはホッとしたような微笑みをうかべる。

「あきのちゃん、大丈夫?」
「なにがですか?」
「なんか……疲れてるみたいだよ」

 返答に窮していると、
 
 ぐう
 
 またおなかが鳴り、あきのはまたしても赤面する。
 そんなあきのになつみは嫌みのない笑顔を向ける。
 
「あきのちゃんてば昨日あんなに食べたのにまだおなか空いてるんだ〜?」

 なつみの指摘に、あきのは愕然となる。
 昨夜、気を失ってから記憶がない。だから確かなのは気を失う前までの記憶と、そしていま確かにある空腹感。
 それはなつみの言う「あんなに食べたのに」という言葉と合わない。

「うっ……ウソでしょう? だって……」
「ホントだよ。昨日コンビニから帰ってきたと思ったらふらふらっと台所に行って、パクパクって残った肉じゃ食べちゃったんだよっ」

 夕食のおかずに出た肉じゃが。母さんの得意料理のそれは、程良いしょうゆ味が絶品だった。仕事で忙しい母が早めに帰ってくるとよく作ってくれるレパートリーの一つ。みんな気に入っているので決まってたくさんつくる。昨晩も残っていたはずだった。

 ぐう

 思い出したらもう一つおなかが鳴った。
 なつみはくすくすと笑う。
 
「パン、もう焼けてるよっ」
「わかりました。着替えたらすぐに行きます」

 ベッドから下り、洋服ダンスに向かい……そこで、未だ部屋を出ようとしない姉に目を向ける。

「着替えますが……?」
「あきのちゃん……パジャマを脱がすコツを教えてあげようか?」

 なんだか新しいおもちゃを買ったばかりの子供そのものの目で、なつみは言った。
 
「”着替えのコツ”じゃなくて”脱がすコツ”なんですか?」
「おとこのこには便利なコツだって本に書いてあったよっ!」

 不審の目を向けるあきのに、人差し指をぴっと立てて得意げに語るなつみ。
 あきのはため息を一つ。

「……お姉ちゃん、意味わかって言っていますか?」

 あきのの指摘になつみはう〜んと腕を組んで考え込む。
 一秒後、赤面。

「じゃ、じゃあ待ってるから」

 そういってそそくさと部屋を出ていった。
 やれやれと頭を軽く降りながら……でも、少しだけ気分が軽くなったように思えた。

 ぐう
 
 でもやっぱり空腹なのは変わらない。あきのは少しでも早く朝食にありつくべく、そそくさと着替えるのだった。
 




「さて……」

 トントンとアスファルトをノック。靴を足に合わせる。
 週番で早く学校に行くという姉は先に出ている。いつもならそれでもあきのも一緒に早く行くのだが、いつもより少しだけゆっくりねむってしまってこと、空腹を満たすには時間を要したことからそれは叶わなかった。
 
「ようやく人心地ついたという感じです」

 ぽん、とおなかを一つ叩く。細身のあきのの腹は、たくさん食べたはずなのにあまりふくらんだように見えない。
 なつみの言うとおり、あと一食分は残っていたはずの肉じゃがはなくなっていた。でも食べた記憶もなくたった今ようやく腹を満たしたあきのにとっては、なんだか騙されたような気分だった。
 ちらりと、右手首内側を見る。あきのの着る冬服は少し大きめで、余った袖があの石が見えるのを隠していた。それに加えて普段は左手につけている腕時計を右手に付け替えている。女物としてはやや太めのバンドを持つ、すこし武骨とも言える腕時計。それがちょうど、あの石をうまく隠していた。よほど激しく動かなければ露出することはないだろう。
 そのことを確認すると、あきのはひとまず歩き出す。
 いろいろと考えなくてはならないが、だからといって学校に行かない理由にはならないとあきのは思う。悩むのはとりあえずやるべき事をやってから。
 冬のぴんと張りつめた空気の中を歩く。
 長く伸ばした髪は夏場は少しうっとおしいが、この冬にはすこしだけ暖かく、それが少しだけ嬉しい。
 いつもの見慣れた通学路。
 その中に、一つの違和感があった。
 あきのの歩む先。その先に一人の男子生徒が立っていた。
 それだけならばなにも珍しいことはない。
 違和感を感じたのは、その男子生徒が道の端で何かを待つように佇んでいたからだ。なにもないただ道の途中というその場所は、待ち合わせには中途半端な場所だった。
 その風貌も特徴的だった。
 身長はあきのより頭一つ高い。170後半ぐらいだろうか。どちらかと言えば細身だが、でも軟弱な印象はない。そう思わせるのは、切れ長の、どこか鋭い目だろうか。いや、鋭いのはその目だけではない。そのたたずまいは隙というものがない。短く切りそろえられた髪が、どこか生真面目な印象を与える。ボタンもホックもきちんと止められたガクランもその印象を強めている。
 漠然と、あきのはその人物を侍のようだと思った。
 あきのにとって、侍というものはせいぜい時代劇で見る程度だ。だがその男子生徒の姿は、漠然と思っていた侍という言葉のイメージにぴったり合っているように思えたのだった。それも作り物のではなく、本物の侍という感じ。まるで研ぎ澄まされた日本刀のよう。
 その男子生徒は、じっとあきのを見ていた。あきのはなんとなく気恥ずかしさを感じ視線を逸らす。
 すると、男子生徒は前触れもなく歩み寄ってきた。
 あきのはその鋭い視線に射すくめられたように動けない。迷ううちに、男子生徒は目の前まで迫っていた。
 男性との髪は黒。制服もまた黒に近い紺。
 漠然と、既視感を感じた。
 いくつかの感覚が甦る。空腹感。金属音。黒。黒い鬼。
 そして、チョコレートをあげるならこんな人……。
 
「あなたは……!」

 声を上げるより早く、 あきのは右手を取られていた。
 乱暴さははなく、でも逆らえない強さであきのは手を引かれていた。そのままぐいとひねられる。力の加減がうまいのか、痛みはない。
 握る手に腕時計はずらされ、男子生徒の目にさっき隠したばかりの緑の石が晒されてしまった。
 手首の内側にじっと注がれる視線。あきのは、なぜだかそれに恥ずかしさを感じた。隠したものを見られるという感覚。
 気づくと、乱暴に腕を振りほどいていた。
 男子生徒はあきのの急な動きに逆らおうとしなかった。自分から手を離す。それはあきのの細い腕を傷つけないという気遣いがあったが、あきのは気づかない。
 振りほどいた右手でピッと男子生徒を指さすと、
 
「いきなり女の子の手を取るなんてなにを考えてるんですかっ!?」

 指さしてそんなことを言っていた。
 どこか場違いに思えるその言葉。
 あきのの顔は真っ赤に染まっていた。
 対する男子生徒はどこかきょとんとしたような表情。
 
 ……なに言ってるんですかわたしはっ……!?
 
 言い出したあきの自身も混乱していた。違う。言いたいのはこんなことじゃない。
 あきのは気づいていた。昨日出会った異常な事態。その最後、気を失う寸前に見た男の子。それが目の前にいる男子生徒であること。
 隠したハズの自分の右手首をいきなり見たことがその証拠であるのだが、あきのはそこまで考えが及んでいない。漠然と確信し、そしてそんな状況で場違いなセリフを言ってしまった自分自身に混乱していた。
 でも、何だか止まらなかった。止まれなかった。
 
「いきなり相手の意思も確認せずに手を握るなんて、チカンですよチカン、警察呼びますよっ! 力の限り大声で迅速かつ容赦なくっ!」
「いや、あの……」

 あきのの混乱が伝播したように、先ほどの隙のないたたずまいとは逆に戸惑うような男子生徒。
 その様子に、あきのはなぜか失望を覚える。それは言葉にも出た。

「なんですっ!? 男の人だったらもっとシャンとして答えてくださいっ!」
「すまない……いきなり手を握ったことは謝る」

 いいながら、頭を下げた。首だけの動きだけでなくちゃんと腰から身体を曲げて礼をする。
 あまりに素直にしかも礼儀正しく謝る男子生徒に、あきのは余計にどうしていいものか分からなくなった。
 
「謝ってくれたならいいです。でも、ちゃんと手順を踏みましょう」

 目の前の相手に言うより自分自身に言い聞かせるようにあきのは言った。
 すると、
 
「では、なにから始めればよかったんだ?」

 男子生徒も素直に問いかける。
 なんだか得体の知れない奇妙な空気が漂った。
 あきのの言ったこともどこか場違いなら、答える男子生徒もまた微妙にズレていた。
 中途半端に緊迫した、でものんびりした奇妙なやりとり。
 小柄な少女の剣幕に押され、うなだれるように従う背の高い男子生徒と言う図は奇妙だった。
 そんな微妙な雰囲気のなか、あきのは口元に人差し指を当て考え込む。おかしなことになったという自覚はある。でもどうすればいいかまでは良くわからなかった。
 こういうときは基本に立ち返るべき。まず、どんなときでもコミュニケーションの基本と言えば……。
 
「まず、名前を名乗るところから始めましょう」

 あきのはとりあえずそんなことを言った。男子生徒は首肯し、そして名乗る。

「俺は信也。武上 信也(たけがみ しんや)だ」
「わたしは守屋 あきのです」

 男子生徒――信也は無表情に。あきのはニッコリと笑顔を見せて。
 信也の声は高校生のわりには低く落ち着いた声。あきのの声は明るく澄んだ声。
 対照的に二人はお互いの名を名乗った。
 そして、名乗ったところで会話が止まった。もともとが流れというものがない会話だった。

「……それで、何の用なんですか?」

 あきのが促すと、信也はちらりと腕時計に目をやった。

「昨日のことについて話したいことがある。放課後、会ってくれないか?」

 昨日のこと。昨夜のことが思い出される。
 戦い。金属音。怪物。緑の石から出る力。機構を理解したと言う感触。
 それらが一瞬よみがえり、あきのは戸惑う。ありふれた日常の中、自分だけ非日常の中に投げ出されたような感覚。えも言われぬ孤独感。
 そのとき。ぽん、と軽く。肩に手が触れた。大きくて硬い手。あきのが見上げると、すこし心配げな表情をした信也が自分の肩に手を置いているのが見えた。
 鋭いとさえ言える、目。でもそのなかに自分を気遣うやさしさを感じた。
 とくん。心臓がひとつ、おおきく脈打つ。そのことをきっかけに、言葉が出た。

「は、はいっ。いいですよ」
「場所は校門前でいいか?」
「ええっ。いいと思いますっ」

 しどろもどろに、でもハッキリとあきのは答える。
 あきのがちゃんと受け答えしたこと……そのことに安心したように信也は手を離す。
 
「では、これで」
「は、はいっ」

 学校の方に振り返り……その動きを止め、信也は再びあきのに向き直る。
 
「そうだ、これだけは今言っておきたい」

 初めの鋭さをもった雰囲気ではない。穏やかな表情。
 微笑んでいるわけでもなく、その顔は無表情ながら暖かみがあった。冬の冷たさの中にありながら、春のような穏やかで、でも力強い暖かさを感じさせるような表情。
 あきのはその顔をただ見つめる。

「昨日は、ありがとう」
「は、はいっ」

 あきのはなにも考えず、おもわず即答してしまった。
 へんな即答だと思い、あきのはわけもわからず赤面してしまう。
 信也は、そのまま今度こそ学校の方へ向かっていった。
 
「なんだったんでしょうね……?」
「告白〜?」

 耳元からの声にバッとあきのがふりかえると、そこにいたのはクラスメイトの三浦 奏恵(みうら かなえ)だった。
 ふわふわとウエーブのかかった髪とややたれ目がちな大きな瞳。それらがどこかノンビリした雰囲気を醸し出す、かわいい女の子だった。
 
「あきのちゃん、もてるんだ〜」

 ふわりとした、気の抜けた笑顔。冬の冷たい空気の中なのに春の日溜まりの暖かさを思い出さずにはいられない穏やかな笑顔で奏恵は言う。

「ちょっ……違いますっ……!」

 あわててあきのは否定する。口だけではなく両手を振って全身で否定の意を表す。
 しかしそんなオーバーリアクションも奏恵のマイペースな空気を乱すことはできなかった。あくまでのんびり、自分のペースを維持したまま奏恵は言葉を続ける。

「あきのちゃんかわいいもんね〜。」
「人の話を聞いてますかっ!?」
「さっきのひともかっこよかったもんね〜」
「そっ……それはそうかも知れませんけど……!」

 あきのの脳裏に去り際の信也の姿が甦る。
 潔い、とさえ言える振る舞い。鋭さの中にあるやさしさ。
 とくん、と。また心臓が跳ねた。
 注意を逸らすあきのの隙をつくように、奏恵はふらりとステップしてあきのから距離を置く。まるで重力に縛られないような、彼女の持つ雰囲気そのもののような穏やかな動き。

「この幸せなニュースをみんなにも教えないとね〜」

 言うなり、駆けた。学校に向かって全力で躊躇なく。
 
「えっ……えーっ!?」

 急に走り出したことと、突然の宣告にあきのは泡を食い……でもほっておくことは絶対にできない奏恵の行動を止めるべくこちらも本気で追いかける。

「待ちなさいーっ!」
「待たないよ〜」

 全力疾走の中なのに、奏恵の声は相変わらず脱力してしまいそうなほどのんびりしたものだった。実際その声を聞いたあきのはわずかだが速度が落ちた。奏恵の方はまったく速度が変わらない。
 だが負けていい追いかけっこではない。あきのは両足に力を込めて速度を増す。
 
「なにを言いふらそうとしてますかーっ!」
「あきのちゃんにひとあし早く春が来たこと〜」
「やめなさいーっ!」
「や〜だ〜よ〜」
「どうしてそういうことするんですかーっ!?」
「人の嫌がることは進んでやりなさいって〜、先生が言ってたよ〜」
「それは色んな意味で間違ってますーっ! って言うか嫌がってるのがわかってそんなこと言ってるんですかっ!? そうですねそうですねそうなんですねーっ!?」

 そのおいかけっこは学校まで続くように見えて……しかし意外にも早く終わった。
 朝おなかいっぱい食べたあきのは早々に脇腹が痛くなり、走れなくなった。対する奏恵はまったく速度を落とさず走り去ってしまった。
 あきのが教室に入ったのは、奏恵から遅れること約5分。朝の時間は濃密だ。そして人のウワサは早い。うわさはクラス中に瞬く間に広まった。と言うより、浸透していた。それも尾ひれつきで、面白おかしく。
 教室に入った途端、一斉に好奇の目を向けられたあきのは、
 
「はあっ……」
 
 荒い息をため息に変え、絶望的に吐き出すしかなかった。


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