|
ですてぃにー おぶ はーぶてぃー |
| ○1998年 12月某日 今日はとてもいいことがありました。 店番をしているときのことでした。夕方、他にお客さんがいな いときにその人はやってきました。 その人はとても疲れていて、「とにかくなんか一杯!」と声だ けは元気に注文しました。 困った注文でした。 うちの喫茶店ではコーヒーがメインなのですが、私は紅茶が好 きです。疲れている人の為のハーブティーの淹れ方も知っていま した。だから、父さんもいなかったし、私はハーブティーを出し てしまいました。 「うまい!」 その人は、そう言ってくれました。とてもとても嬉しそうに言 ってくれたので、私もとてもとても嬉しくなりました。 「何かこう、疲れが和らいでくような気がするよ」 そう言って、喜んでくれました。 その人はたくさんの荷物を持っていました。デーバッグと紙製 の手提げ袋。とても重そうでした。紙袋をふと見ると(覗くつも りはなかったのですが)たくさんの本が入っているようでした。 古本屋に売りにでも行くのでしょうか? でも、もう夕方だっ たから、古本屋で買ってきたものかも知れません。こんなにたく さんの本を読むなんて、すごいと思いました。 その人は、一時間くらいゆっくりしてから帰りました。まだ疲 れているようでしたが、不思議と満ち足りた表情で、少しも辛そ うではありませんでした。それを見て、私はなぜだか……うらや ましく思えました。 また、来てくれるといいな。 ○1999年 3月某日 彼がまた来てくれました。毎週日曜日、だいたい決まった時間 に来てくれます。もうすっかり常連です。いつも私のハーブティ ーをおいしそうに飲んでくれます。 「まめなチェックが重要なんだよ」 そう言って笑う彼。脇には、本が詰まった紙袋。今日はたくさ んの本が入っています。日によってないこともあります。そのこ とについて彼に聞くと、 「別に毎週イベントがあるわけじゃないよ」 笑いながらそう答えてくれました。よくわかりませんが、月に 2回くらい安売りする古本屋さんでもあるのでしょうか? 私は内気で話し下手です。でも、そんな私に彼はいろんな事を 話しかけてくれます。 今日は話の中で私も知っている少女漫画の話になりました。と ても良い漫画なのに、中学生向きの本に載っているので高校の友 達とは話が合いませんでした。だから、あの人がその漫画を知っ ていたことは、少し驚いたけど……嬉しかったです。 その漫画についてあの人はとてもよく知っていました。私は表 面のお話ししか見ていませんでしたが、彼は登場人物について深 い考えを持っていて、そのことを熱心に話してくれました。 とても嬉しそうに、とても澄んだ瞳で熱心に話してくれました 。なんだか、ドキドキしてしまいました。 少女漫画を読むなんて、繊細な人だと思ったのですが……それ だけではなくて、情熱的な人だな、とも思いました。 ○1999年 5月某日 今日は、少しドキドキしました。 いつものように彼が来ました。いつものように彼とお話しをし て……思い切って、見せてみました。 ……わたしの描いた絵を。 昔から絵は好きでした。鉛筆だけで、スケッチブックに描いた 絵。あの、彼も好きな少女漫画の主人公を描いてみました。絵柄 を似せるのは難しかったので、自分なりに描いてみました。彼か ら聞いた、主人公の可愛さが出るように、一生懸命描きました。 彼は驚いていました。私はまるでいたずらを成功させた子供の ように、むずがゆいような、でもどこか誇らしい喜びを感じてい ました。 「君の絵には、一番大事なものがちゃんとあるよ」 彼はそう言って誉めてくれました。一番大事なもの………。 「もえ」と彼は言っていました。何だかよくわかりませんが、 誉めてもらえて嬉しかったです。 そのあと彼は、絵の技術的な部分について細かく教えてくれま した。私にもわかるように丁寧に教えてくれて、とても勉強にな りました。 もっと、絵をちゃんと勉強しようと思いました。 そうしたら、また……誉めてもらえるでしょうか……。 ○1999年 7月某日 今日は失敗してしまいました。 ……彼が、急にあんな事言うから。 「盆休み、空いてる?」 私が大丈夫ですと答えると、彼は 「じゃあ、一緒に遊びに行かない?」 お皿を落としてしまいました。ガチャンと、お皿の割れる音。 どこか遠くに聞こえました。とても、ビックリしていたからだと 思います。 こんな事初めてだったんです。 だって私は内気で口べたで、男の子に遊びに行こうなんて言わ れるのは初めてだったんです。髪型だって三つ編みで地味だし、 背も低いし、そばかすだって気になります……。 だから混乱して……今書いた「私は内気で……」から先の事を 彼に言ってしまったのです。(なんてことでしょう!) そうしたら、彼は。 「君は、かわいいよ。あと、三つ編みも似合ってるから良し」 わたしはもっと驚いて、お皿だけではなくカップまで落として しまいました。もうその場にいられなくて、そのまま自分の部屋 に戻ってしまいました。 落ち着いてからお店に戻ると、彼はもう帰ったあとでした。 父さんから、彼があやまっていたと聞きました。どうしよう。謝 らなくてははならないのは私なのに。 来週、彼が来たら謝ろう。そして……お盆休み、大丈夫だって 言わなくちゃ。 本当に、本当にビックリしました。だって……だって、嬉しかっ たから……。 ○1999年 8月某日 お盆休み。待ちに待った日です。ドキドキして、休み前は眠れ そうにありませんでした。でも、その心配は必要ありませんでし た。なぜなら……。 「夜の街をサイクリングしてみないか」 彼は、そう言ってお盆休みの始まる前日、真夜中に出発しよう と言いました。奇妙な申し出でした。でも、なんだか……なんだ か、わくわくしました。小さい頃、いつも感じていた高揚感。い つの間にか忘れていたそんな気持ちが、つかの間戻ったような気 がしました。 自転車は彼が用意してくれました。 深夜。二人で走りました。 夜の街はいつもと違って、とても静かで、月の光が眩しく思え ました。 世の中全てが眠っているなか、私たちだけが起きているような ……静かな静かな、不思議な時間。 二人っきりでいることが嬉しくて、そう感じられることが恥ず かしくて……生まれて初めて、夜を「優しい」ものだと感じまし た。 しばらくすると、彼は自転車を止めました。一休みするのかと 思ったら、そのまま歩くことになりました。こんなところに止め て大丈夫かと聞くと、 「去年は大丈夫だった」 と答えました。去年もサイクリングをしたのでしょうか? ……誰と? 気になりましたが、聞くことはできませんでした。 そのまま、夜の街を散歩。気が付くと周りは人気のなくて、と ても広々として、とても整然と並ぶ町並みになっていました。 そしてたどり着いた場所には、ピラミッドを逆さにして、4本 の柱で支えたような、とても大きくて特徴的な建物がありました 。 展示場? 国際の? 脇にある駐車場には、信じられないくらいたくさんの人がいま した。何故こんな時間にこんなにたくさんの人がいるのでしょう ? 聞いても、彼は答えてくれませんでした。ただ、彼に促され るまま並びました。(人だかりは行列だったのです)。 今、彼は私の横で座ったまま寝ています。彼の寝顔を独り占め して、日記を書いています。 でも、本当に……これは何の行列なのでしょう? ○1999年 8月某日の翌日 朝になり、陽が昇りました。 とても暑かったです。 でも、彼の用意してくれた日よけのカサとア○スノンと凍らせ ておいた数本のペットボトルのおかげで大丈夫でした。普段使わ ないですが、こういう場所ではうちわがとても役に立つことを知 りました。 日焼けを心配していると、彼は優しく日焼け止めのクリームを 渡してくれました。 「日差しを甘く見ると地獄を見るからね」 そう言う彼の笑顔。暑さの中でも、いつものようにさわやかで した。 ずっと並んでいて、その時間は長かったですが、いつものよう に彼は無口な私の代わりに色々なことを話してくれたので退屈は しませんでした。 私はそんな彼に、いつものようにハーブティーを淹れました。 ポットに入れてきた今日のための特別製です。彼は、やっぱり喜 んで飲んでくれました。 話の途中、彼は私に、小さな四角の中に数字が書き込まれ、そ れがびっしりと書き込まれた紙……地図のようなものを見せてく れました。 「今日君にまわってもらうところに印を付けておいたから」 そういって、私にそれを渡してくれました。彼はコピーを取っ ていて、自分でもそれを持っていました。 「壁」とか、「島」とか、いろいろな説明を受けました。よく わからないところもありましたが、どうやら本を買わなくてはい けないようです。彼と私の分を、二冊ずつ。一冊買って二人で読 めばいいと思いましたが、彼があまり熱心に話すのでそのことは 言えませんでした。 そして、行列が動き出しました。 しばらく進むと、列は二つの流れに別れていきました。 「じゃあ俺は企業スペース行くから、下はよろしく」 そう言って、彼は私とは違う流れに行ってしまいました。 でも、頑張らなくてはいけません。 「君を信じてるよ」 彼は、そう言ってくれたのですから……。 ………そのあとのことはよく覚えていません。 暑さ。独特の臭い。ただただ激しい人の流れ。 こんなにたくさんの人がいて、それを本当にたくさんだと感じ たのは生まれて初めてのことでした。人が多すぎて一歩も進めな くなったのも、初めての経験です。 気が付くと、私は会場の入り口に立っていました。左手が重く 感じられたので見てみると、紙袋を持っていました。中にはB5 サイズの薄手の本がたくさん入っていました。 「やっぱり、君はすごいよ」 思いがけない近さから聞こえた声に驚いて振り向くと、彼が立 っていました。 ドキドキしてしまって、何も言えない私。彼は、その、私の手 を握って…… 「ありがとう」 ただその一言を。私に。 ドキドキして、握られた彼の手が熱くて……私の手も熱くなっ て、そのまま倒れてしまうかと思いました。 そのあとは彼と近くのお店で食事して、帰りました。その時の ことは、ぼうっとしてよく思い出せません。 家に帰って、いつものようにこの日記を書いています。もう眠 いです。今日買った本を読むのは明日にしましょう。 彼が帰り際に言っていた「三日目も頑張ろう」という言葉がち ょっと気になりますが、もう寝ようと思います。おやすみなさい 。 ○1999年 9月某日 彼と本を買いに行ってから、もう一月も経ちました。あの三日 間はとても、何というか充実していたので、もう一月経ったのか とすこし驚いてしまいます。 彼と買った本はとても綺麗な絵が多くて、毎日何度も読み返し ています。おなじ作品(あの少女漫画に関する本が多かったです )を元にしても、人によって全然描き方が違うのが楽しかったで す。 でも。でも、そうやって読んでいると、すこし「違うな」と思 うことがあります。それは、多分「自分ならこう描くのにな」と 考えてしまうからだと思います。 彼に言ったらどう思うでしょうか? ○1999年 10月某日 初めて描いた漫画。ようやく完成しました。6Pの短いもので すが、初めて自分で納得するまで描いたものです。 早速、彼に見せてみました。 漫画を描いているという話は彼にしていなかったので、とても 驚いていました。そして、誉めてくれました。 彼は、私の両手を握り、 「君には才能がある」 そう、とてもきっぱりとした口調で言いました。私は握られた 手がとても熱くて、心臓がドキドキして、何も考えることができ ませんでした。 「このクオリティで、11月中に24P描いてくれたら、ど うにかする」 私は混乱して、その言葉にコクコクと頷くばかりでした。 そのあと彼は漫画の基本的な技法(私がそんなことも知らずに 描いたのを驚いていたようでした)、画材などについて細かく教 えてくれました。 明日、学校の帰りに買いに行こうと思います。私には、Gペン が向いてそうだな。 ○2001年 8月某日 新刊は完売できました。完売を祝う拍手は、何度聞いても嬉し いものでした。 イベントでいつも着るようになったメイド服も、ようやく慣れ てきました。お店ではいつも着ているのに、こういう場所で着る と気分が違います。……慣れたと言っても、未だに写真を撮らせ て欲しいという申し出があるのには困りますが。 今日もスケブがたくさんあって大変です。でも、絵を描くのは 好きだから辛くはありません。スケブを受け取るとき、みんな喜 んでくれて、やっぱり嬉しいです。 そんなことより許せないのは、ここにはキ○ガイがいることで す。彼に買ってきてもらった同人誌。あんな大人しそうなキャラ が「攻め」である訳がありません。カップリングというものが何 であるかもわかっていないのに、わかったような口をきかないで 欲しいです。でも、キチ○イにそんな道理は通用しないのかも知 れません。 そのことを彼に話すと、 「オマエモナー(藁」 と答えました。 よくわからないですけど、突っ込んでおきました。スケブで、 首を、斜め45度にビシッと。 変な音がして、首が普通ではあり得ない方向に曲がりました。 それでも彼はにっこり笑って……そして、私の淹れたハーブティ ーを一滴もこぼしませんでした。 そんな彼を見て、私は幸せな気持ちになりました。 彼と私とハーブティー。どれ一つ欠けても、今はなかったと 思います。 私は、この場所が好きです。ハーブティーが好きです。そして 、彼のことは……大好き、です。 終 |
| あとがき 悪い男に騙されて堕ちてゆくかわいそうな女の子とのお話です。(爆) 「閉鎖都市 巴里」(川上稔著 電撃文庫出版)という、全編手記形式 というすごい小説がありました、そんな感じの文章を書いてみたいと思 試しに書いてみたものです。 元々書こうと思ったきっかけは、ふと立ち寄った中華料理店で出た烏 龍茶がとてもおいしかったことでした。香りが良くて、体が温まるように 思えて………そんな気持ちを文章にしてみようと思ったのですが。 ………なんでこんな事に?(爆)
|