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は〜とふるらぶこめでぃ
ほのぼのこがらちゃん
外伝

 

ほのぼのこがらちゃん外伝
お昼休みの出来事

 

 春も過ぎ、陽の光の穏やかな昼下がり。
 明るい光の中に映える芝生の緑の上。
 遠く近くにある様々な喧噪は、学校の昼休み独特の、騒がしくもどこかのどかに思えるざわめきです。

「どうしたんでしょうね………」

 私はそう呟き、そっと小さなため息をつきました。
 中等部と高等部を隔てるそこは便宜上中庭と呼ばれ、ちょっとした公園のような広さを持っています。その一角、立ち入りを許された芝生の中。私は使い慣れたビニールシートを敷き、お弁当を広げています。
 でも、それを口にするのは、まだ。
 私は待っていました。
 時折、風が髪を揺らします。座ってしまうと下についてしまう長い黒髪を少し気にしながら、私は待っています。
 暇つぶしに先ほどから眺めていた、中庭の隅を見てもう一言。

「本当に……どうしたんでしょうね………?」

「おまたせーっ!」

 元気な声。白い大きなリボンでまとめられたポニーテールを左右に揺らして、駆けてくる女の子。小さな身体に、めいっぱいの元気を込めて駆けてくるその人は……。

「舞黒……こがらさん……」

 私は、私のいちばんのお友達の名前を、そっと……確かめるように呟くのでした。




 私の名前は、桜木 霞(さくらぎ かすみ)。
 一般に名家と呼ばれるくらいの、それなりにお金のある家に生まれ、にもかかわらず普通の庶民的高校に通う、ごく普通の女の子です。
 生まれてから一度も切ったことのない長い髪と整った顔立ち、そしてなにより幼い頃からの厳しいしつけによって醸し出される楚々とした上流階級的雰囲気。そのため、こがらさんには、

「なんかカスミの髪って、長くて綺麗だよね。なんか日本人形みたい……夜暗い部屋で見たら恐そうとか無表情なのに妙な威圧感があるとかそーゆー意味の日本人形ってことじゃなくって……ホントホントいやマジでっ!」

 と評されています。
 『日本人形みたい』
 ほかの言葉はこがらさん特有のノイズとして無視してしまいましょう。
 そんなこがらさんとのおつきあいは中学の頃から。
 小学校の頃はその戦闘力の高さから『喧嘩上等』だったこがらさんが、中学に入学して何を血迷ったか猫をかぶって大人しくしていたことに興味をひかれて、声をかけたのがきっかけでした。

 今ではいちばんの、お友達です。




 全力疾走してくるこがらさん。
 そして、私の前に来ると。

「ごめんカスミ、待ったーっ!? ってきゃーっ!?」

 急停止しようとして、転びました。
 速度ののったこがらさんの身体は勢いよく転がりました。
 その行き着く先は、木。中庭にまばらに配置された木の一本です。
 止まることを知らないこがらさんの身体の回転は、そのまま木にぶつかりました。
 そして、大きな音が響きます。
 しかし、それは激突音ではなく、小気味良い着地音でした。
 こがらさんは、木に足を付くことでその回転を止め、衝撃を吸収していました。そしてすぐに立ち上がるとズカズカと私の方に歩いてきます。

「カスミッ! いきなりなんてことするのよ?」

 私は首を傾げつつ、答えます。

「何がでしょう………?」
「止まろうとしたところにタイミング良く足突っ込んできてっ! 言うことはそれだけっ!?」
「あんまり待たされたので足が痺れまして……足を伸ばしたらこがらさんが転びました………」

 私の言葉に、ぐっと詰まるこがらさん。
 こがらさんは、とても素直な方なので自分に非があるとそのことをまず考えてしまいます。10分足らずの時間で私の足が痺れるわけがないことや、足が痺れたからと言ってあのタイミングで足を伸ばす必要などないことまでは考えません。が、いずれ気づいてしまうかもしれません。
 だから私は言葉を続けます。

「こがらさん……お弁当はどうされました………?」

 手ぶらのこがらさんを見とがめて、そう訊ねました。
 こがらさんはつまらなそうな顔で、足下を指さしました。
 ビニールシートの隅。
 かわいいピンクの布で包まれた、お弁当箱がありました。

「転んだ瞬間、そこに置いたのよ……ぐちゃぐちゃになったらたまらないからね」
「さすがです………」
「それよりっ……!」
「なんで遅れたのですか………?」

 こがらさんの言葉を遮り、訊ねます。余計なことを考える暇を与えてはいけません。

「あ、あいつがしつこくってさ……」

 そう言って視線をそらすこがらさんの頬は、わずかですが紅く染まっています。
 あいつ。
 こがらさんがそう呼ぶ人物は、一人。
 春に転校してきたその男の子は、実はこがらさんの幼なじみで、猛烈にこがらさんに空回りな求愛行動を繰り返しています。

「いっ……いきなり後ろから抱きついてきてっ……」

 その時のことを思い出したのか、自分の身体を自分の手でぎゅっと抱きしめます。
 その様からは嫌悪感よりむしろ好意の方が強く感じられるのですが、本人にその自覚はないようです。

「あいつってば、あいつってばっ……!」
「私が先に教室を出た間に……そんなことがあったのですね………」

 場所取りのためにさっさと教室を出たのが裏目に出ました。……彼を相手にしたこがらさんの暴走っぷりは小学生の頃以上で、安全な場所から見るのであれば、この上ない娯楽として楽しめます。

「そうなのよーっ。まあ今日は教室の窓から蹴り出したから、しばらくは復活できないと思うけど」
「教室は……2階でしたよね………」
「斜め上に蹴り出したから、実質5階くらいから落ちたのと同じぐらいになったかな?」
「なるほど……そうだったんですか………」

 その様を思い浮かべ、私は口元を隠し忍び笑いました。
 つられて、こがらさんも笑顔に。
 一触即発だった空気は、一転してとても和やかなものになりました。
 ……人としてどこかしら間違っているような気がしましたが、転ばせたこともごまかせたようなので安心して私はお弁当を広げはじめました。
 私の今日のお弁当は、いつも通り和食を主としたものです。
 漆塗りの重箱に整然と詰め込まれた煮物や漬け物は、見た目だけでも楽しめます。
 ふと、こがらさんのお弁当箱を見ます。
 いつもと同じように、楕円形の小さなお弁当に詰め込まれたお弁当。

「いびつですね………」

 私は素直な感想を漏らしました。
 お弁当箱の中には、丸めようとして失敗しでこぼこしたハンバーグ、足の不揃いなタコさんウインナー、焦げた卵焼きなどなど。作るのに手間がかかりそうな、そしてどこかしらその手間が失敗したおかずが並んでいました。

「ちょっ……ちょっと失敗しちゃってね」

 引きつったように笑いながら、こがらさんは答えました。その手にはいくつかの絆創膏。朝から、気になってはいたのですが。

「今日はご自分で作られたのですか………?」
「う、うん……お母さん忙しくって……」

 こがらさんは、いつもはお母様にお弁当を作っていただいているそうです。でも、お母様は働いているため、時としてお弁当を作っていただけないことがあるそうです。そうしたときは普段は学食でパンを買ってくるのですが……。
 そんなことを考えていると、こがらさんは何かを隠すように座る位置をずらしました。その影にあるもの。それは……。

「失敗作ですか………?」
「そ、そんなはっきり言わなくてもっ……!」
「そうではなく……こがらさんが食べようとしているのは、”失敗作の方”なのですか………?」

 その言葉に、こがらさんは動きを止めました。
 こがらさんの隠したもの。それは、もうひとつのお弁当箱でした。
 二つのお弁当箱があり、それは手作りで、こがらさんが食べているのはどうも不出来な方らしい……そこまでわかると答は簡単でした。

「こっ……これは……」

 そのお弁当箱を隠すように後ずさるこがらさん。でも、その後ろには……。

「俺のだよな」

 弾かれたように振り向くこがらさんの前には、こがらさんの幼なじみが立っていました。

「あっ……あんたどーしたこんなところにっ!?」
「教室の外に蹴り出したのはお前だろう?」
「いっ……いつからここにっ……!?」
「こがらさんがいらっしゃる2,3分前から……そちらに………」

 私の指さした先には、人型に窪んだ芝生がありました。

「嘘っ……全然違う方向に蹴り出したはずよっ!」
「3回も木にぶつかって軌道が変わった。痛かった」
「今まで何してたのよっ!?」
「さすがにダメージがでかくて動けなかった」

 説明しつつ、彼は、

「さて……それじゃご相伴にあずかろうかな〜っと」

 靴を脱ぎ、ビニールシートの上に腰を下ろします。

「ちょっ……待ちなさいよっ!」
「さって、お昼、お昼〜」

 制止を無視して、しっかり自分の位置をキープする彼。

「別にいいじゃないですか………」

 ただ純粋にその方が面白そうと言う理由で、賛成の意を示す私。
 と、

「ところで……」

 ぽん、と、彼は私の頭の上に手を置きました。
 大きな、手。暖かい手。包み込まれるような感覚。 

「……ああいうのはあんまり良くないぞ」

 一瞬なんのことかわからず、それが先ほどこがらさんを転ばせたことだと気づくと……急にその手が恐ろしくなりました。
 自分の、全てを握られている。
 そんな漠とした、何の根拠もない……でもそれだけに純粋な恐怖。
 彼は笑顔で、ただ頭の上に手をのせているだけなのに……そんなことを感じました。

「あ……あの………」

 その怖さに負けるように呟こうとしたところで、彼の手は包む動きをやめました。
 かわりに、くしゃくしゃと。少し乱暴に私の頭をなでる動きに。
 真っ直ぐに整えた髪を乱されているのに、不思議と不快感を感じませんでした。
 何か、心地よくて。
 ずっと、この手にゆだねていたいような。
 そんな言葉に出来ない、安心感のようなものを感じていました。

「ふ……ふぁ………」

 そんな声が漏れました。自分でもまるで意識せず出した言葉に、驚きます。

 はしたない

 理由もなくそんな言葉が脳裏に浮かび、私は困惑してしまいました。

「こら、カスミにちょっかい出さなーいっ」

 こがらさんが彼の耳を引っ張り、そして頭をなでていた手は離れていきました。

「ほら、これでも食べなさいよ」

 こがらさんは彼の目の前に、先ほど隠していたお弁当を差し出しました。
 先ほどこがらさんが食べようとしていたお弁当と異なり、おかずはどれも色も形も良く、整然と並んでいかにもおいしそうです。
 私はそんな様を見ながら、乱れた髪を直そうともせず……急に動悸が激しくなった胸に手を当て、自分の乱れた心を落ち着かせようとしていました。

「お、約束通り作ってきてくれたんだな」
「し、仕方なくよ、仕方なくっ! ジャンケンで負けたからって作ってくるのなんて、これっきりなんだからっ!」
「じゃあ今度は別の理由で作ってもらおうか」
「やよ、めんどくさいっ!」

 二人の、いつも通りの言い争い。
 それはいつも通り激しいのに、なぜか穏やかなものに感じられて……。

「それでは………」

 私の声に、振り向く二人。
 私が話しかけたことで、二人の会話が途切れたことに、なぜか満足を覚えて。

「いただきましょうか………」

 そして、いつもより賑やかな……そして、いつもより楽しいお昼休みが始まりました。
 胸の動悸は、弱まったもののまだおさまりません。この動悸は、きっとまだ続いて、これからも私を悩ませるのではないか……楽しそうに彼と話すこがらさんを見て、私は理由もなく、そんなことを思うのでした。







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